丘のさんぽ道(26)
いもうと

 病院の産婦人科や助産所などでは、名前のまだ決まっていない赤ちゃんのことは、たいてい名字に「ベビー」とつけて呼ぶ。「松本ベビー」といった具合に。それにちょっと似たニュアンスで、わが家には胎児に対する特別な呼び方がある。
 丘(4才)が妻のお腹にいた時、僕と妻はその胎児を「まりも」と名付けていたことは以前書いた。それはその前年に妻と阿寒湖周辺を旅行したことから思いついた名前だったが、その流れで、2回目の妊娠(流産だった)のときは「まりも2(ツー)」と呼び、今回の妊娠でも「まりも3(スリー)」と呼んだ。つまりわが家では、「まりも」は妻に宿った胎児を指す一般名詞と化している。

 去年(97年)の12月9日未明、陣痛開始から2時間もたたないうちに、妻は近所の助産所の丸椅子にしがみついて、ソンキョする姿勢で「まりも3」(♀)をポトンと産み落とした。産まれるところを丘に見せてやろうと思っていたが、真夜中だったため、丘は助産所のリビングのじゅうたんで熟睡したままだった。前から「妹がいい」と言っていた丘は、翌朝赤ん坊と対面して、満足そうだった。
 それから約1週間ほどの間に、僕は「まりも3」の正式な名前を10ほど考えた。しかし丘は、それをことごとく却下した。そして「まりもちゃんがいい」と言い張った。どうやらこの呼び名が気に入ったようだ。しかし、そのころちょうどテレビ番組に「まりも」という子どもが登場するドラマがあることを知った僕はそれをいさぎよしとせず、これでもかと別の名前、それも丘に合わせた1文字の名前を次々に考え、「この名前にしてもいいか」と丘に頼んだ。それでも丘は、いつになく強硬に「まりも」を主張した。僕と妻はついに根負けし、「元祖まりも」たる丘の望み通り、「まりも3」は晴れて正式に「まりも」と命名された。

 さて、願いがかなった丘は、思ったほどの退行も見せず、まりもという赤ん坊をかかえた家族の一員としてふるまい始めた。赤ん坊をかかえた家族の一員としてふるまうということは、たとえば夜中に激しい泣き声で何度も起こされてもグっとこらえてやさしく見守ったり、泣き声でテレビの音が聞こえなくてもグっとこらえてやさしくあやしたり、お母さんを1人占めにされてもグっとこらえて自分で処理したりと、ようするにやたらグっとこらえることを意味する。
 それまで両親の寵愛を一身に受けてきた丘だったが、驚くほどにグっとこらえて、まりもを見守っている。彼なりに「赤ちゃんが産まれたんだからしょうがない」「それは僕も望んだことなのだ」「僕もまりもを愛しているんだ」と考えているようすがハッキリ見てとれる。きっと赤ちゃんに嫉妬して暴れたり、ひょっとするとヤキモチのあまり赤ちゃんを憎んだりするかも、とさえ予想していた僕は、それがまったくの杞憂にすぎなかったことに少なからず驚き、安堵した。
 丘はふつう、いったん眠りにつくと、何をしても目を覚まさない。しかし夜中にまりもが激しく泣くと、丘はむっくりと体を起こし、寝ぼけまなこのまま、妻が乳を飲ませるのをじっと見ている。「丘、寝ときや」と妻が声をかけても「見とく」と言って黙って見守り、やがて授乳がすんでまりもが寝ると、彼も黙って再びふとんにもぐるのだそうだ。(僕は熟睡していて全然気付かない)
 小さな赤ちゃんを抱えた場合、まだ分別のつかない、それでいて暴れざかりの4才児は一見“危険な存在”だ。にもかかわらず、「何があっても赤ちゃんに当たってはいけない」ということは、誰にも教わらなくても、丘は誰よりも知っている。
 このことはとても不思議で、そしてちょっと感動的だ。

丘のさんぽ道(27)
さくら

 また春が来た。
 桜の開花に合わせて、いい日和が続いている。
 丘(4才)の保育所友だちのフミヤ君一家とともに、自宅近くの護国神社でお花見をした。午前中にピクニックシートを広げてビールを飲み始めた時は3〜5分咲き程度だったのが、飲むほどにみるみる開き、酔って寝そべる頃には7〜8分咲きにまでなった。

 子どもと暮らすようになって蘇る感情の一つに、季節の移り変わりへの感受性がある。
 独身者が都会で働いていれば、季節とはさほど無関係に日々を過ごすことが可能だ。それは千昌夫も歌っている。大企業なら春には毎年新入社員が入ってくるが、僕の職場ではそういうこともない。せいぜい税金の申告という面倒くさい行事があるくらいだ。
 しかし子どもがいると、いやおうなく季節に左右される。子どもは自分の身を季節の変化から自分で守ることができない。だから春には着ているものを1枚か2枚減らしてやり、梅雨時にはカッパと長靴を着せてやり、夏には腐ったものを食べないように注意してやり、秋には帰りに冷えるからカーディガンを持たせてやり、冬には帽子と手袋をカバンのポケットに入れておいてやらねばならない。大人はこういうことを無意識のうちにやっているが、子どもという他人に対してそういう配慮をするには、季節の変化を常に意識していないと難しい。また味覚オンチにならないよう、食生活も季節感のあるものをと考えたりして、けっこう勉強になったりもする。
 なにより、子どもと歩いていると、彼らは決してまっすぐには歩かないで、常にタンポポの綿毛を吹いたり、水たまりでジャブジャブしたり、セミのぬけがらを拾ったり、落ち葉を集めたりしているから、親の側も、季節の風物を無視して素通りする生活様式は成立しなくなる。
 保育所でも季節の行事がいつもプログラムされている。が、その中でなんといってもインパクトが大きいのは、この桜の季節に行なわれる、終了・進級・保母転勤などの一連の行事だろう。見馴れた「ぞう組」の子どもたちが終了して小学生になっていくのは、よその子ながらも感慨深いものがあるし、世話になったかつての担任の先生が遠くの保育所へ転勤していくのも、ちょっとさみしかったりする。「ひよこ組」では、小さな0才児を初めて保育所に預ける、見慣れない親たちの不安そうな顔が見られる。この時期、毎年繰り返されるそういった心もようを、決まって桜が淡く色どっている。
 日本人にとって桜の花は、そういう「繰り返し」「循環」を特に強く感じさせる特別な花なんだな、と、お花見の陽気とビールの飲み過ぎでボンヤリしつつ、しみじみ感じた。まあ僕の場合、去年のこの季節に母が肝臓がんで死んだことで、よけいにそう感じるようになったようだ。

 母が末期を過ごした病室の窓からは、病院の庭を彩る満開の桜がよく見えた。4月6日生まれの母はそこで誕生日を迎え、2日後に旅立った。通夜の準備に向かう途中に出会った、ぽかぽか陽気の中の桜吹雪の情景が脳裏に焼き付いている。
 あれから早くも1年。花の下で、去年はこの世にいなかった桜色の赤ん坊(まりも、生後4カ月♀)がにこにこ笑っている。この子のつわりは、ちょうど母の葬式が済んだ日に始まった。「いのちの循環」は律儀に繰り返される。
 陽気とビールから、もうひとつ脈絡なく頭にボンヤリと浮かんだ。
 「うん、そういうわけで、だから桜の花には子どもがよく似合うなあ」
 この日はちょっと飲み過ぎた。

丘のさんぽ道(28)
おでかけ

 ここしばらく、わが夫婦は完全なすれ違い生活が続いている。
 妻は毎朝7時30分にまりも(生後5カ月)を連れて仕事に行く。その時点で僕はたいてい熟睡している。やがて丘(4才)が目覚め、僕をたたき起こす。2人で一緒に朝食をとり、洗い物や洗濯をして、9時前に保育所へ行く。
 夜は、僕は仕事の上でよほど余裕があるとき以外、たいてい10時をまわる。特に月の後半は忙しく、最終の12:11茨木発の西明石行き快速で帰ることが多い。従って自宅に帰った時には、すでにみんな寝ている。2人の子どもに夕食を食べさせ、風呂に入れ、寝付かせた妻は、かわいそうに疲れ切ってピクリとも動かない。
 とまあこういうわけで僕たち夫婦は、平日はお互いの寝顔しか見ることができない。もちろん会話の時間は皆無だ。
 で、土日となるわけだが、これもお互い集会やら勉強会やらいろいろあって、一緒に過ごせないことがけっこうある。だから何もない休日は、家族全員にとって非常に貴重だ。僕や妻にしてみればゴロ寝や掃除をして過ごしたい気もしたりするが、そうすると退屈した丘の乱暴狼藉に遭うのは目に見えているから、必ずどこかへお出かけすることになる。
 土日の連休が確保できたときには、少し遠出をする。僕は日常的に緑に飢えているので、行き先はほとんど山か川、帰りに温泉というパターン。しかし単発の休みの場合、遠出しても疲れが残るから、とりあえず午前中に掃除をすませてから、あとは丘に過ごし方を決めさせる。
 まずは丘に「どこへ行きたい?」と聞いてみる。以前は「おもちゃ屋さん」と言うことが多かった。しかしおもちゃはすでにたくさんあるし、買ってもどうせすぐに飽きて際限なく増えていくから、「おもちゃ屋さんはアカン」と告げる。そうすると最近は、保育所の友だちの家へ行きたがるようになった。狙いは、友だちの家にあるおもちゃだ。その中でも丘の目当ては、エイ君の家にある「ピコ」というテレビゲームと、フミヤ君の家にあるミニ四駆らしい。しかしこの仲良したちの両親には、ただでさえ僕たち夫婦が忙しい時に時々お迎えを頼んだり、休日に預かってもらったりしているから、こちらが揃っている時にまで押しかけることは避けたい。
 そこでその子どもたちを逆にこっちが預かって、お弁当を持って公園などへ遊びに行くパターンが最近は増えている。もちろん、そうするとこちらの疲れは倍増するから、彼らがいないことを願いつつ電話する。幸い、2回に1回は彼らはいない。ほっとしつつ、再度「どうする?」と丘に問う。
 こういう場合、丘は考えたあげく、「六甲ライナーに乗る」か「温泉に行く」のカードを切ることが多い。
 「六甲ライナー」の楽しみは、先頭車両の最前列にある。この電車は無人運転なので、運転席がない。だからかぶりつきの運転シミュレーションが楽しめるのだ。丘は一番前の中央に立ち、嬉々として「発車」などと号令をかける。
 六甲ライナーに乗ったら、行き先は六甲アイランドしかない。ここはすべてを計算されつくしてできた人工島であり、生き物は人間と蝿と蚊くらいで、僕はあまり好きではないが、人車分離の街づくりがされているので、車の心配をせずに遊べるという点でいいところもある。丘はここでは神戸ファッションプラザという、UFOのようなダイナミックなビルを「えんばん」と呼んで好んでいる。駅を降りると一目散に「えんばん」めがけて走ってゆく。
 「えんばん」の中はファッション美術館などになっていて、丘にとっては特におもしろいものはない。隣のビルで映画を見たり、リバーモールというショッピング街で買い食いをしたりしながらウロつく。僕はたいていビールで酔っぱらう。丘は感心するほどのスタミナで、人工の川や橋を走り回る。
 そうやって丘は実に楽しそうに、都会の1日を過ごす。

丘のさんぽ道(29)
ホテル

 「……あ、メロンが3つ並んだ……」
 丘がそうつぶやくと同時に、係のおねえさんが叫んだ。
 「あ! あ! 特等です! 特等が出ました!」
 去年の12月8日、まりも(生後6カ月)が生まれた日、僕と丘(4才)は赤ちゃん誕生の喜びを胸に、2人で近所の生協へ買い物に行った。ちょうどクリスマス前で福引き券が配られていて、僕たちは1回だけ引かせてもらえることになった。コンピュータースロットのストップボタンを押すのは丘。子どもはこういうスイッチものがとにかく好きだ。なんともうれしそうな顔をしながら丘がボタンを押すと、いろんな果物の絵がビュンビュン回転していたのが、順に止まっていく。
 そして僕たちは、たった1本の特賞をものにした。
 特等の景品は、ポートピアホテルのディナー券だった。妻の産後の回復を待って電話してみると、「上着着用、子どもはダメ」とのことだった。高級な店らしい。うーん、当てたのは丘なのに、かわいそうに、どうしよう……と考えている間に月日だけがどんどん経っていく。
 さて、退院した妻は2ヵ月で職場に復帰した。内科病棟の婦長である妻は、3月になると病院付属の看護学校の謝恩会に招かれ、恒例のビンゴ大会でこれまた1等を獲得。景品は、ホテル・シェラトンの宿泊券だった。こちらは幸い子どももOK。で、とりあえずこっちを先に味わうことにして、一家4人、六甲アイランドにそびえるリッチなホテルに向かった。
 通されたダブルルームは、すごい部屋だった。広い。風呂場には別枠でガラス張りのシャワー室まである。北側の壁一面はガラス張りで、神戸港と六甲山がすぐそこに広がる。まりも用のベビーベッドも入れてもらって、もう僕も丘もすっかり興奮状態。シャワー室で長時間遊んだり、製氷コーナーからどんどん出てくる氷を頬張ったり、ベッドで記念撮影したりした。(ただし夕食は街に出て、出店のヤキソバ・ビビンバ・ハンバーガーで1000円ほどですませた)
 このようにビンゴの宿泊券は家族揃って楽しめたのだが、さて問題はディナー券のほうだ。期限は半年、もう日がない。妻と徹底的に協議した結果、ついに「丘を保育所の友だちの家に預け、彼には内緒で僕と妻とまりもの3人で食べにいく」ことに決定した。ああ丘よ、おまえが当てた券なのだけれど。許しておくれ。
 決行日の朝。丘の友だちのエイ君のお母さんに電話して、夕方から丘を預かってくれるよう頼んだ。丘はエイ君の家に行きたがっていたので、喜んでいる。しめしめ。ただし仕事ならともかくディナーのために預けるのはさすがにエイ君家に申し訳ないので、せめて夕食まで世話にならなくてもいいように、弁当を作って丘に持たせることにした。タマゴ焼きを作っているとき、丘はみんなでピクニックにでも行くような気分でウキウキしながら全員のフォークと箸を用意したりしていたが、なぜか弁当が自分の分だけであることに気づき、さらに僕が年に1回くらいしか着ないブレザーをタンスから取り出したのを見て、何らかのたくらみがあることを察知した。そして、なんともさみしそうな声でこう言った。
 「みんなでエイ君とこ、行こう。おとうも、おかあも一緒に」
 すまん、丘よ。おまえだけ仲間外れなのだ。でもそうとは言えず、せめて夕方までは一緒に遊んでやろう、と4人でメリケンパークへ車で行き、港めぐりの観光船に乗った。
 車の中に弁当を置いておいて腐らせてはいけないので、丘のリュックに入れて船へ持って入った。すると、丘は船が動き出すなり弁当を取り出して、まるで親のかたきのように一息で食べてしまった。
 しかし抵抗むなしく彼はそのあと予定通りエイ君宅に預けられ、僕たちは1人2万円くらいのフランス料理を味わったのだった。いやー丘、ホントにすまんな。

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