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丘のさんぽ道(30)
お勉強(98.9)
子どもの頃、僕は“こういう大人にだけはならないぞ”とかたく誓っていたことがある。それは、「勉強しろ!」とガミガミ言う大人だ。
僕は勉強が嫌いだった。今でも嫌いだ。
でも、小学生の頃の成績は良かった。本もよく読んだし、教科書も、国語と社会は配布されて3日ですべて読んだ。それはあくまでも勉強ではなく、楽しみとして読んだ。自発的に興味を持って読むものはすべて頭にインプットされ、自分の知識と知的好奇心が広がってゆく感触はわれながらとてもいい感じで、心地よかった。
それが嫌いになったのは、間違いなく大人たちのせいだと断言できる。大人たちに「勉強しろ!」と言われれば言われるほど嫌いになった。思慮のたりない大人たちは軽率にも、恥ずかしげもなく「勉強しろ!」と迫った。そんなことを言ってしまったら、子どもの知識欲も好奇心も台無しだ。僕はブ然としてそう確信し、そのような愚かな大人には決してなるまいと誓ったのだった。
さて、いよいよそのヒネクレ坊主が大人になり、親になる番がきた。過去にエラそうな決意をした以上、軽率な発言はかつての自分に笑われる。
彼の息子の丘は5才になった。さ来年は小学生。その日々の生活の様子は親の立場からは若干の不安がなくもないが、ヒネクレ坊主時代の僕が見たら、「そーれみろ、カッカッカ」と勝ち誇ったように言うに違いない。
そう、丘は自発的に「勉強」を楽しみ始めている。たとえばクリスマスにプレゼントした「アンパンマンのおえかきボード」に1時間くらい集中して何を書いているのかと思えば、数字の1から6までと、自分の名前をひらがなで繰り返し練習している。もちろん、「6」や「ま」のくるっと回る部分が左右逆になっていたり、「きゅう」の「ゆ」が書けなくて「まつもときう」になっていたりしているが、それでも誰に命じられるわけでもなく、教わるでもなく(保育所でも教えていない)、不完全ながらもひとりでに書けるようになっている。たぶん、カルタやノンタン学習ビデオなどで覚えたのだろうが、めちゃくちゃな書き順で、不器用な手つきでゆっくりゆっくり文字のかたちを描く姿からは、“ぼくも字を読み書きできるようになりたい”という素朴で強い思いがひしひしと伝わってくる。その姿の愛らしさたるや、他にたとえようもない。
こういう場面に遭遇した時、大人は静かにその感動を味わえる奥ゆかしさと余裕を持たねばならない。間違っても「ニヤ〜〜ッ」っとして「こいつはすごいぞ、次は住所だ、漢字だ、計算だ!」などと節操なくはしゃいではいけない。その浅薄さが子どもの芽を摘む。
ところで僕は大学では文学部地理学科というところに在籍した。高校時代に地理が得意で地図を眺めるのが大好きだったからだが、実は丘も地図がかなり好きだ。
1才頃から、車に乗るとやたらと道路地図を広げたがった。その頃は地図が何を意味しているのかはわからなかったろうが、3才になると「ダンボ」や「ピーターパン」などのビデオにハマり、それらに登場する、地図と実際の景色とを見比べて進むシーンを見た瞬間、彼はあたかもヘレンケラーの「ウオーター!」のごとき発見をした。以後、地図を見るたびに「どこが神戸?」とまず聞くようになった。一緒にダイエーへ買い物に行こうと言うと、チラシの裏にミミズの這ったような線をいっぱい書いて(地図らしい)、それを持参したりする。車に乗れば道路地図を広げ、今どの道を走っているのかを確認したりする。
地図おたくの僕にとって、これは顔が「ニヤ〜〜ッ」としてしまうような事態が進行しつつあるようなのだが、ここで「やっぱりカエルの子は……」とか「ワシのあとを継いで……」とか考えてはいけないことは言うまでもない。あくまでも静かに、奥ゆかしく……。
……くっくっくっ、ニヤ〜〜ッ。
丘のさんぽ道(31)
走る(98.10)
今年は雨が多くて、保育所のいろんな行事が順延になった。
運動会も予定より1日遅れで開催された。
丘(5才)の通う住吉公園保育所は、公立のためだろう、あらゆる行事はすべて平日にある。保育所を利用する子の親はほとんどが共働きだから、そう簡単に「1日延期」されたら、職場の都合がつかずヒジョーに困る人が多いはずだ。しかしお役所及び公務員労働組合に庶民の事情は通用しない。
にもかかわらず、見たところすべての子の親がちゃんと参観していた。そりゃそうだろう。みんなのお母さんお父さんが見に来ているのに、ボクだけ誰も見に来てくれていない、というような残酷な試練は必ずや子どもの心に暗い影を落とし、将来に禍根を残す。さすがに親たる者はそんなことはみなわかっているようで、ふだんは送迎時さえイライラして子どもを虐待している昭和50年生まれのヤンママも、ちゃんと出席している。みんな必死の思いで仕事を休んだに違いない。幸いにして仕事に都合をつけやすい僕は、毎年の運動会に皆勤している。今年は妻も都合をつけて、まりも(10ヵ月)と3人で見物した。
きりん組の丘は、出番が4〜5回もあった。体操、障害物演技、かけっこ、親子ゲーム、等々。
丘は運動神経はいいとはいえない。体つきもきゃしゃで、痩せている。障害物など、見ていてはらはらする。
かけっこは、2人ずつトラックを1周して競争するのだが、丘の順番が来る前から、実は僕は内心ドキドキしていた。
丘は走るのは嫌いではなさそうだが、手の振りが悪くスピードはあまり出ない。ふだん保育所へ行くときなど、丘が「おとう、走ろ」と言うので「よし、信号まで競争や」と言うと、「ちがう! 僕、競争はきらいなの! 走るだけ!」と主張する。
でもこの日は、一緒に走った「せいじくん」が丘以上に競争心のない超マイペース主義の子どもだったので、丘はかろうじて「勝った」。運動神経がいいとはいえなくても勝ち負けにはけっこうこだわるほうだから(僕と相撲をとって押し出されると必ず泣きながらなぐりかかってくる)、晴れの舞台で「勝った」ことで彼は気分をよくしただろう。
そういえば、僕も子どもの頃、競争モノは本当はあまり好きではなかった。そのくせ、「勝たねばならぬ」という強迫観念にいつもとらわれていた。それはなぜだったのだろう。丘には、何事につけても「勝て」と言った覚えはない。にもかかわらず、彼は目先の勝ち負けにこだわっている。「勝ちたい」のは本能なのだろうか。誰かに刷り込まれたのだろうか。走って気持ちいい、というだけでは満足できないものなのか。「せいじくん」はどうなのか。
そんなことを考えながら、懸命に走る丘を見ていた。そうしたら、毎年、運動会のたびに耳の奥に蘇るあの声が今年もまた聞こえてきた。去年死んだ母の声だ。
僕が寝屋川市立田井小学校の低学年だった頃の、運動会。12組まであるマンモス校だったから、運動会も大規模だった。あれはたしかリレー。早いテンポの運動会定番曲が大きな音で鳴り響く。走ることにはちょっと自信があった。赤い鉢巻きを巻いて、トラックのアールを外側へふくらみながら全力で駆け抜ける。
その時、母の大きな声援が僕の耳にはっきりと飛び込んできた。
「こうじー、しっかりーっ!」
マンモス校舎にこだまする大音響と大勢のざわめきの中、間違いなく母の張りつめた声が、しっかりと僕に届いた。ふだんはどちらかというとおとなしい人だった。
「勝て」でも「負けるな」でも「がんばれ」でもないこの言葉、その声は、のちに精神的苦境に陥るたびに耳の奥で当時のまま甦り、確実に僕の人生をささえてきた。
今回はまだなんとなく恥ずかしくて言えなかったが、いつか必ず、走る丘に向かって、僕もこの言葉を大声で叫びたいと思っている。
丘のさんぽ道(32)
ちんころ(99.1)
休みの日には、自宅から1.5キロほど離れた石屋川の近くにある「おとめ塚温泉」へ、家族みんなで、ときには丘(5才)と2人でよく行く。
おとめ塚温泉はいわゆる「スーパー銭湯」だ。鉄筋3階立て、ジャグジーから塩サウナ、露天風呂や食堂まで備えていて、それらが一般の銭湯料金で楽しめる。しかも新神戸駅近くの布引泉源からタンク車で温泉を運んできており、屋上階の露天風呂ではそのにごり湯が楽しめる。湯上がりに食堂で飲むモルツの生ジョッキは泡までうまい。丘は必ずソフトクリームを注文し、手や床を融けたクリームでべしょべしょにする。お互い「神戸に住んでよかった」と思える瞬間だ。
家族で行ったある日、いつものように妻とまりも(1才)は女湯へ、僕と丘は男湯へ。3階大浴場につかり、横の洗い場で僕が体を洗っていたら、露天風呂に出たり入ったりしていた丘がごそごそと寄ってきて、ひそひそ声でこう言う。
「あのね、おとうさん、ここチンコロのある人のお風呂(男湯のことを丘はこう言う)やのに、女の子がおる」
「え? チンコロないか?」
すると丘はとって返して確認し、「うん、ない」と言う。
「そうか。丘、ほんまはここはチンコロのある人のお風呂やけど、子どもはどっちに入ってもええねん。かわいいから。丘も、おかあのほうに入ってもええねんで」
すると丘は驚いたような、そして何ともいえず嬉しそうな顔をして、少し間をおいてこう尋ねた。
「ぼく、かわいい?」
「うん。かわいいで。今度きたときは、おかあのほうに入るか?」
「うん!」
そして2週間ほど経った日曜日、また家族でおとめ塚温泉へ。この日は丘は出かける時からルンルンで「僕とおかあが一緒に入る。おとうはまりもと一緒に入り」と確認していた。そして入浴券を番台に渡すと、飛ぶように女湯に入っていった。僕はまりもと一緒に、いつも通りに大浴場から露天風呂まで楽しんだ。
そして上がって脱衣場に出てきたら、いきなり丘が女湯方面からやってきた。しかも、いつもはいつまでも裸でいたがるくせに、もう服を着ている。そして、おどけながらまりもの体を拭いてやろうとするのだが、おどけの勢いがすぎてまりもが嫌がっている。「丘、もうええからおかあのとこに行っとき」と言うのだが、出ていったかと思うとすぐまたおどけながら戻ってきて、まりもの世話を焼こうとする。
丘のせいで倍も疲れながらやっと服を着て食堂へ行くと、妻はもうモルツを飲んでいた。そして不満げに言う。
「入ってすぐに丘が『はやく上がろ、はやく上がろ』って何回も言いよるから、もうせわしないこと。ゆっくり入ってられへん」
露天風呂と水風呂の交互入浴をこよなく愛する丘は、普通ならこちらが「もう上がるからな」と置き去りにするそぶりを見せない限り、上がろうとしないはずだ。
「え? なんでやのん?」
と丘に聞くと、あれだけ楽しみにしていた手前、よほどバツが悪かったのだろう、
「んー、ぼく、早く上がりたかってん。しんどかったから」
などと言い訳しながら、ソフトクリームを頬張っている。
“いつも父親と入る温泉に、実は母親と一緒に入ってもよい”ということ自体は、丘にとって驚きに満ちた嬉しい発見だった。ところがいざフタを開けてみると、チンコロをブラ下げているのは自分一人だけで、まわりはみんな裸のオッパイばかりだった……。そのことに耐え難い恥ずかしさを感じる年齢に、彼もなったのだった。
以後、丘が男湯で、露天風呂から水風呂への飛び込みジャンプを以前にも増してしつこいほど繰り返していることは言うまでもない。
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