金曜書評 〜週刊金曜日 (1996.5.10)から抜粋

陣痛促進剤による被害を考える会/編 さいろ社/1648円
病院で産むあなたへクスリ漬け出産で泣かないために

現在進行中の隠れた薬害。陣痛促進剤の被害報告
評者 福本英子

薬の危険性が指摘され、具体的な被害情報もあるにもかかわらず、国民にそれが知らさ れず、国は危険回避に必要な手段をとらない で薬が使われるにまかせた。そのために被害 をいたずらに拡げてしまった、というのは、 日本の薬害事件に共通のパターンである。そ のことを今、私たちは「薬害エイズ」問題を 通してとくと学習させられているところだが 、その同じパターンで、現在、もうひとつの 薬害が進行しつつある。被害はすでにかなり 拡がってしまっているもようだ。本書はその 事実を体験で否応なく知らされてきた人たち が、自ら調査してきたものと体験をもとに、 危険を多くの人に伝えるために書いたもので ある。
薬は陣痛促進剤。病院でお産にごくふつう に使われている合成ホルモン剤である。本を まとめた「陣痛促進剤による被害を考える会 」は、この薬の被害者とその仲間で作る小さ な市民団体で、1988年に結成された。
陣痛促進剤は、その子宮収縮作用によって 人工的に陣痛を誘発、あるいは促進するのに 利用される。本来はお産の経過になんらかの 異常がある場合に使われる薬だが、これが、 施設分娩が90パーセントを超える70年代 初め、産科に計画分娩が導入されて、薬のい らないお産にまでどんどん使われるようにな った。計画分娩は、休日や夜間を避けて平日 の日中にお産を済ませるために、薬で分娩の タイミングを操作するもので、病院側の都合 を優先した医療である。むしろ陣痛促進剤が これを可能にしたというべきだろう。
当然ながら薬の消費も売り上げも飛躍的に 伸び、薬価差益や診療報酬や人件費の節約や で病院の経営も楽になるわけで、その意味で は病気の範疇に入らないお産というのは、大 きな穴場だったということか。だがこれも当 然のことに、薬の濫用がおこり、事故が続発 するようになる。安易な投与と投与後のずさ んな監視で、異常な子宮収縮がおそって、子 宮破裂や胎児死亡などの至るのである。
本書が明かす事故の様子を見てみよう。こ れは「陣痛促進剤による被害を考える会」が 今までに集めた被害のまとめである。
被害症例120。うち際立ったものを拾う と、子宮破裂33人、頸管裂傷11人、膀胱 破裂3人、弛緩出血4人など。これによって 母親17人が死亡、2人が植物状態になって おり、子供は死産21人、仮死産92人で、 仮死産のうち31人が出生後に死亡、41人 に脳性麻痺、2人にてんかんなどの後遺症が 残っている。すさまじい数字というほかない 。
だが、これは被害を受けた人から直接この 会に寄せられた症例の集積であって、実際の 被害者数ではない。この奥には膨大な数の被 害が隠されていると、これをまとめた人たち は見ている。しかもこの症例の範囲でなら、 事故は70年にはもうおこっており、それは 70年代半ばから80年代、90年代と増え 続けているという。
おさえておきたいのは、この薬害の実態を 知る材料が、小さな市民グループが集めたこ のデータしかないということである。今のと ころ、これが唯一の確かなデータだ。
事態はなぜ放置されたままなのか。国や医 療集団が全く気づいていないというのではな い。日本母性保護産婦人科医協会(略称「日 母」)という全国的な産科医の団体がある。 ここは、20年以上も前から、増える産科の 医療被害訴訟のなかでも特に陣痛促進剤によ るものが増えていることに気づいて、何度も 冊子を発行して全会員に注意を促し、正しい 薬の使い方を指導してきている。また厚生省 には「被害を考える会」の人たちが、会の結 成以前から、文書や直接交渉の形でくり返し 実情を伝え、実態調査などを求めてきた。
けれども「日母」の情報は会員の産科医以 外には全く知らされなかったし、厚生省は、 国には軽微な副作用しか情報があがってきて いないという理由で、92年以後2回、能書 (薬の添付文書。効能書き)文書を改訂した ほか、なにもしなかった。能書改訂は、事故 を減らす役にはたたなかった。
本書はそうした経緯を含めて、医療の体質 や医療行政、薬事行政や薬の性格までおさえ ながら、事故がおこり続ける構造と背景を明 かそうとする。そこには、なにも知らされず にお産にのぞみ、思いもかけない事故で子や 妻を亡くした人たちが、長い年月をかけて調 べ回るのでなければ、なにひとつわからない という現実が語られている。
タイトルが示すとおり、本書はこれから産 む人たちに向けて書く形をとっているが、そ れは「やはり産む側(親?)がしっかりする しかない」というのが、10年をかけてこの人たちが行きついた答だからだろう。薬害に あわないためには自衛するほかないというこ とだ。しかしまずこの本は、医師と厚生省の お役人と薬を作り売る人たちに読まれる必要 がある。
これを書いている途中の二月中旬、厚生省 がようやく陣痛促進剤の副作用症例調査を、 全国の4000医療施設を対象に行なったこ とが報道された。その結果92年の能書改訂 後に、それと見られるものが23症例出てお り、母親2人、子供7人が死亡していること がわかったという。調査は本書発売後に行な われたもようだが、さすがに厚生省も本書を 無視できなかったということか。そうだとし たら確かな破壊力というべきだろう。なにか が動くのであればいい。
ついでだが、本書発行元のさいろ社は、一 貫して患者の側から医療ものを扱ってきた、 大阪の小さな出版社である。もう、こういう 小さな出版社しかこの種の本を出せなくなっ ていることをいっておきたい。あるいは、こ うした本が出せる出版社が、日本にもまだあ るというべきなのかもしれない。

(ふくもと えいこ フリーライター) 

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