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編骨日誌 (下へ行くほど日付が古くなります)

2004.4.30(金) 授業参観

 やあ。まっちゃんです。ナントナント知らぬまにゴールデンウィークが開始されとるみたいやな。
 でもそんなときにガッコーは意地悪く授業参観。
 去年までは授業の退屈なあまり参観途中で帰ったりしていたのだが、今年からは5年生と1年生のかけもちで、あっちを見たりこっちを見たりするうちに、あっという間に終わってしまった。1年と5年の対比がなかなかおもしろい。とくに1年生のかわいらしさはタマラン。痛々しい優等生ぶりっこもまだいないし。
 でも、そういえば丘が1年のときはもっと騒がしくて授業が途中で何度か中断するような状況だったが、今年の1年生はやけにおりこうだ。みんな授業を聞いている。

 「ゆうこのささがなる日記」更新。

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2004.4.28(水) わしゃ一向に飽きないんだが

 やあ。まっちゃんです。
 水曜日は子どもらを連れての銭湯曜日ということになっていたのだが、まりもが「飽きた」と言うので、仕方なく公園で遊んで帰る。トホホ。晩めしは春を意識して、三度豆のごまあえやコゴミの味噌汁など作る。

 「語らいのベンチ」は「予防接種」への投稿を掲載した。
 それと先週行った姫路南部の日帰り旅、写真整理を兼ねてメモっといた。

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2004.4.27(火) 西成彷徨

 やあ。まっちゃんです。雨の中、午前中から天王寺で打ち合わせ。
 昼過ぎに終わったので、かねて入りたいと思っていた新世界のパーク温泉(朝からやってるレトロ銭湯)まで歩いて行ったら定休日だった。仕方がないので南海電車に乗って天下茶屋で降り、午後1時からやってる戎湯へ。
 建物外見はかなり古い感じだったので期待して暖簾をくぐったが、内部は脱衣場も浴室もそっけなくフツーに改装されてしまっていて、広くて清潔だけどなんか味気ない。貸切状態だったのに妙に落ち着かず、15分たらずで出てしまった。僕の銭湯最短記録かも。
 夜だと1日の疲れのせいでたいていそれなりに満足できるんだが、昼風呂は評価が厳しくなるんだろうか。とにかく物足りなさが残った。

 でもさすがは西成区、町の辻辻に銭湯があって、神戸へ帰ろうと思って地下鉄の岸里駅あたりまでブラつくうちに5軒もの銭湯の前を通過した。
 そのうちの1軒、大黒湯のたたずまいがじつに渋い。先の欲求不満のせいかどうしても入りたくなったが、営業開始は16時で、まだ2時間もある。まあちょうど原稿ゲラも持ってるしと、近くのファミレスでケーキセットを食いながら原稿整理作業をして時間を潰し、執念で入湯してきた。
 いやあー、期待通り。粘って入った甲斐があったよ、ただ1点を除いては。「名銭湯・大阪市南部」にさっそくアゲといたのでご覧あれ。

  ワカルかなぁ〜この風情!

 しかしよく考えてみれば、設備や広さ、新しさ、清潔さでは先の戎湯のほうがずっと勝っているのに、なぜこっちのボロイほうがいいんだろうなぁ俺は。自分でも不思議だ。
 ま、設備や新しさでいくと、しょせんスーパー銭湯よりは劣るわけで。下町系銭湯が生き残るには、他にはないユニークさや温かみを出すか、もしくは古さ小ささそのものの味わいを守るか、のどっちかしかないだろう。

 そのあと岸里駅近くをうろつき、「玄」という飲み屋へ。なかなかナイスだったせいで、財布がカラになるまで飲んでしまった。

  自家製厚揚げが美味。麦焼酎「釈云麦」・・・どうしようかと思うほど絶品!

 「ゆうこのささがなる日記」更新。

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2004.4.26(月) このクヤシサを・・・

 やあ。まっちゃんです。編集作業に精を出す。

 丘が「将棋教室へ行きたい」と言うので、今日から編集室すぐそばの小さな教室に週一回通わせることになった。夕方連れて行って月謝のことなどを聞いていると、他の生徒ら(小学生)がやって来た。「オラ、おっちゃんと勝負するか〜?」などとちょっかいかけていたら、いつの間にか僕が3年生くらいのガキと対戦するハメになった。
 丘が「僕のおとうさん、ムッチャ強いで〜30年ぐらいやってんねんで〜」と言うので負けるわけにいかなくなり、気合いを入れて臨んだ。

 で、あっという間に詰まれてしまった。

 小学3年生くらいのガキに、41歳の僕がこてんぱん。
 しかもガキは、勝負中に僕が打つたびにいちいち「あ〜ぁ角の道をふさいじゃった」「歩も返ると金になるんだよ〜」などとゴチャゴチャ言うので、腹が立って仕方がない。「うるさいわ!」と怒鳴ると静かになった。
 で、負けた。叩きのめされるような負け方。
 するとガキが一言。
 「このクヤシサをバネに、ね」

 丘を教室に残してスゴスゴと僕だけ編集室に戻り、しばらく仕事の続きをしてからまりもを学童に迎えに行き、丘が帰ってきたら自転車3人乗りでマンションに連れて帰り、メシを作って食わせて風呂に入れて寝かせて、雨の中をまた編集室に戻り、さらに仕事の続きをして、今は夜中の2時。

 ・・・まだ気分が悪い。あのガキ、腹の立つ!

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2004.4.24(土) 人生は勢い

 やあ。まっちゃんです。
 先週は奈良へ続けて行ったが、今週は西へ方向転換、なぜか淡路島へ2回、姫路へ1回行った。俺ってなにかの拍子で勢いづくと続けさまになるパターンが多いな。
 そして例によって出会いました、というか探しましたレトロ銭湯。さっそく3軒アゲといたが、兵庫県編が重くなったので「播磨編」「淡路編」に分けた。
 とまたも一銭のトクにもならん作業をやってたら力尽きた。眠いのでウロチョロメモは後日まわし。

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2004.4.22(木) 人生は無駄

 やあ。まっちゃんです。
 ちょっと日誌の間があいた。あいかわらずあっちこっちウロチョロしとるんだが、「ページが重い!」という人がいたので、長々と書いてた日帰り散歩を日誌から切り離し、「ちょっとした旅」の中に「ビバ!近場」としてまとめた。ついでに去年の末ごろからの分もそこに整理した。けっこうあるな・・・。
 というような一銭のトクにもならん作業をやってたら力尽きた。ここ2〜3日のウロチョロはまた明日にでも。

 「ゆうこのささがなる日記」19日のぶん更新。

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2004.4.19(月) 降る降る

 やあ。まっちゃんです。
 こもって編集作業に集中。雨のせいで血圧低いのか、頭がいまいちスッキリせんわ。
 ウイルスメールが集中豪雨のごとくに届きまくる。すごいなあ。
 今日は夕食当番。5時すぎ、カッパ着てびしょぬれになって自転車で走っていると、ランドセルを背負った我が子ら2人もびしょぬれになって坂道をトボトボ登っていた。あったかい春の雨だ。

 「語らいのベンチ」は、逆子の経膣分娩についての「助産師」さんからの投稿を「お産一般」に掲載した。

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2004.4.17(土) またなら

 やあ。まっちゃんです。
 ゆうべ十三で飲みすぎて二日酔い。でも今日はガキどもと奈良へシカを見に行く約束だったので、朝から吐き気をこらえながらも電車を乗り継いで行った。奈良はこないだの日曜日に行ったばかりだが。
 シカにせんべいをやりながら、興福寺〜浮見堂〜春日大社〜若草山〜東大寺〜ならまち、と去年の夏に歩いたあたりを再び歩く。4月やっちゅーのに、なんちゅー暑さじゃい。
 飛火野の鹿苑で野性のリスに遭遇。丘(10歳)の好きな手塚漫画『どろろ』の最初に出てくる「地獄堂」によく似た三月堂の中も見せてやった。

  
 (左)若草山からのながめ   (右)大仏殿の巨大チョウチョ  

  
 (左)ならまちを歩きながらなぜかハリポタを読みふける丘  (右)メス鹿コロニー。オスとは別々に群れる

 汗をかいたあとはやっぱりアレでしょう、というわけで美好湯も再訪。「名銭湯・奈良県」に載せていた写真がボケてたので、撮りなおしてさっそくアゲといた
 丘の万歩計は2万6000歩を超えたが、まりも(6歳)もダッコなしでよく歩いた。今度は飛鳥の石めぐりに行く予定。なんか最近、奈良づいてるなぁ。

 昨日行った豊中の曽根温泉も「名銭湯・大阪府下」にアゲといた。

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2004.4.15(木) 弁天富士

 やあ。まっちゃんです。
 雨が上がっていい天気になったみたいだな、と思いつつ編集作業&雑務。夕方ふと、今日は朝から1歩も外へ出ていないことに気づいた。こりゃいけない病気になるぞ、とあわててタオルとせっけんを持って駅へ。
 前から行きたかった大阪・弁天町の千代見湯に、ついに行った。ここは富士山です。浴室の壁に富士山の絵が描いてあるのではありません。富士山なんです。千代見湯自体が富士山なの。意味わからん? わからんわな。「名銭湯・大阪市西部」にアゲといたので、これ見たらわかる。
 ついでに、大阪市内編が重くなってたので東西南北の4つのページに分けた。

 帰ってきて久しぶりにニュースを見たら、3人の人質が解放され、新たに別のジャーナリスト2人が誘拐されたらしい。で、福田官房長官がサル丸出しの顔でこんなことをのたまっておられた。
 「現地がどういう状況かをわかったうえで行ってらっしゃるのかもしれないが、いったんこういうことが起こるとどれだけ大きな迷惑がかかるかもわかってほしいですよ」
 軍隊を送り込んでイラク人の反感を買い、丸腰で真面目に仕事している民間人を危険な目に遭わせている日本政府こそ恐ろしく迷惑なんだが。

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2004.4.14(水) 銭湯曜日

 やあ。まっちゃんです。
 まりもの保育所送迎がなくなったかわりに、水曜日は学校のあと2人を連れて銭湯へ行く日ということにした。
 で今日は久しぶりに六甲道灘温泉へ。水道筋灘温泉がリニューアルしてからはそっちばかり行ってたので、1年ぶりくらいかも。狭いけどぬる湯の源泉浴槽きもちいい。たっぷり長湯して、120円寿司を食って帰った。

 「助産師養成所の廃止」についてご意見が寄せられたので、「語らいのベンチ」に追加した。

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2004.4.12(月) 南大和、三山二湯三万歩

 やあ。まっちゃんです。
 なんかまた、やたらとウイルスメールが届いてるなぁ。
 今日も天気いいのに、発送業務&雑務にあけくれた月曜日。夕方は子どもらのメシ作り。

 さて、土曜日の行楽だが、昨日の日誌を見た地元県の方から、「この山容からすると、耳成山に登ってきはったのでは?」とのメールをいただいた。
 ご名答。耳成山だけでなく天香久山・畝傍山と大和三山を制覇してまいりました。
 その他いろいろ激感動もあったので、くわしくはこちらにメモっといた

 「ゆうこのささがなる日記」更新。

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2004.4.10(土) お池に映ってハンバーガー(またはクチビルゲ)

 やあ。まっちゃんです。
 イラクがますます大変なことになっているが、平和な日本の僕はというと完全オフで日帰り旅行へ行ってきた。
 暑いくらいの超晴天、しかも桜吹雪にタンポポ・レンゲでヒバリはピーチクツバメはパーチク、そりゃあもうサイコーの行楽じゃったわい。思わず3万8000歩も歩いてしまった。
 でその行楽もよかったのだが、例によっていつものやつ、これがまたアンタ、この1年に入ったうちで最も感動的と断言できそうな銭湯に遭遇してしまった。ああ、まだ余韻が消えない〜。

 さて、僕はどこへ行ってきたでしょう? ヒントはこれ。

  頂上まで歩いて数分

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2004.4.9(金) ぴかぴかの

 やあ。まっちゃんです。
 桜が咲き始めてから何度か冷え込んでくれたおかげで、超晴天の今日は桜の花吹雪に包まれた小学校入学式となった。まりもちゃんもついに1年生か・・・しみじみ。

   
 (左)Gジャンで出席したのは僕だけだった  (中)初めての教室  (右)サクラサク校舎

 そのあとは子守り。ガキ2人を連れて西宮の浜田温泉へ。玄関が和風に、番台がフロントに改装されていた。広い露天風呂に源泉ドバドバは相変わらずよろしいな。
 上がりはラーメン・ヤキソバなどを食って帰る。

 ところで、3日の日誌で紹介した八尾の末広湯だが、こんなメールをいただいた。

まっちゃん、はじめまして。八尾市民と申します。まっちゃんと同い年の女です。
サイトを拝見し、市内にこんな世界があったのか! と、目からうろこでした。
早速、今日、末広湯に入ってきました。自宅からは結構遠いのですが(ふた駅分)夕焼けをバックに、チャリを走らせてきました。
いやあ、すごかったですねえ。「ここはどこなんだぁー」「私は誰なんだぁー!」わかります、わかります。
なんだか、自分がNHKの朝ドラのヒロインになった気分でした。はたまた、「時間ですよ!昭和元年」の世界か…

ところで、女湯にあるドライヤーもすごいです。椅子に座ってお釜をかぶる、美容院にあるようなタイプで、まあ銭湯なら置いてあるところは多いのですが、ここのは、どこをさがしてもお金の入れ口がみつからない。
番台のおじさんに聞いたら、「ここへ置けば良い」と、番台を人差し指でチョンチョンとつつきました。なるほど。つまり、20円払ったら自分でスイッチを入れて、あとは使い放題。3分で切れるなんつうせこさはありません。いやあ、よろすい。実によろすい。
(おじさんは耳が遠いみたいですね。遠くから呼んでも聞こえないみたいだった)

自宅の近くに、銭湯は四軒もあるんですが、どこも似たようなもので、これからは末広湯通いが始まってしまいそうです。本当に、いつまでも頑張って経営を続けて欲しいです。


 ありがとうございます。女湯のレポートはまことに貴重であります。
 先日は「この銭湯を守るのは八尾市民の義務ではないか」などとエラそうに書いてしまったのですが、しかしこうして末広湯のお客が一人増えたことはじつに嬉しいことであります。

 レトロな銭湯に何かを感じる人は決して少なくないと僕は考えております。
 かくいう僕も、最初は設備系や温泉系の銭湯を探して通っておりました。しかしあるとき激渋系のレトロ銭湯に出会い、設備・温泉系とはまったく異なる味わいがそこに存在することを知りました。時空を超えたスポットとでも申しましょうか、とにかくそこでは今の「自分」や「社会」などから完全に解き放たれてしまいます。
 普通の銭湯ならシャワーの調子が悪ければ「クソッ、なんやねんコレ!」などとつい悪態をついてしまったりするわけですが、激渋系ではたとえシャワーが全部壊れていたとしても不思議なことにまったく腹が立ちません。逆にニッコリほほえんで「そうだよなシャワーなんかなくても頭は洗えるよな」とつぶやいたのちに天井の湯気抜きを見上げ、生きとし生けるものすべてに感謝の祈りをささげてしまいそうにさえなります。
 これはいったいどういうことでしょうか。まさしく奇跡の空間、としか言いようがない。みなさんもこれは一度ぜひ体感していただきたいですな。
 ところがそういった激渋ヒナビ銭湯は広報をいっさいしないがために、その存在がまったく知られていません。知られないまま消えていっているのです。惜しい。じつに惜しい。

 ま、そういうわけで、たとえ読んでいる人が少なくとも(一緒によく風呂に行く友人たちでさえ読んでくれてないことが先日判明した)、今後も地道に探訪・紹介していきたいと、この輝かしき入学式の日に誓いを新たにするのであります。

 ところで、今日はレトロ系ではなく、先週行った尼崎の温泉銭湯「蓬莱湯」をひさびさの「阪神温泉郷」のページにあげた。ついでに今日行った浜田温泉の写真もあげといた。やっぱ子連れのときはどうしてもコッチ系に行ってしまいます。
 もちろん、温泉は温泉で最高なわけで。
 温泉があり、設備系があり、健康ランドがあり、そして激渋レトロ系があってこそ豊かなお風呂文化なのであります。なんとかこの多様性を維持していただきたいと思うのであります。青年の主張おわり。

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2004.4.8(木) 岡町庄内

 やあ。まっちゃんです。
 ごそごそと発送業務だけでなんとなく終わってしまったな。
 夕方から電車に乗って、目をつけていた豊中市・岡町の銭湯「桜湯」へ。これがまた絶妙の、泣くしかないロケーションの郷愁銭湯じゃったわい。「名銭湯・北摂」にあげといたので見てくれや。

  岡町商店街の中、左の狭い路地を覗くと・・・

 そのあと電車で3駅移動し、同じく豊中市の庄内で某知人と飲む。
 駅から徒歩数分の「おまけ」という店、魚が異常にうまい。3000円のおまかせで、カニとかシロウオの踊り食いとか、もういちいち覚えてないがコレデモカーとうまいんじゃ。しあわせじゃ。
 食いながらしみじみ考えたのだが、僕のような貧乏人がこんなうまい料理を食えるというのはいったいどういうことなのか。たとえ数日来の朝食・昼食がパンとラーメンであったとしても。
 こんなことは、たとえばアフガンやルワンダの子どもたちにはとても言えない。世の中まさに、どこに生まれるかという「運」なんだな・・・。これ以上を望んだらあかんよなあ。

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2004.4.6(火) 養老連三田(っあー)

 やあ。まっちゃんです。まっさかりの桜ですな。
 やっとこさ次の本の編集作業に集中姿勢だ。はき出し窓を全開にしてパソコンに向かっていると、電車が通るたびに桜吹雪がそこらじゅうに舞い散る。
 いい感じだな。
 ひとしきり作業して、夕方近くに郵便局へ行ったついでにちょっと散歩しようかと思って歩いたら、あまりの日本列島桜吹雪絶好球ど真ん中攻撃を見逃すわけにもいかなくなり、またもや仕事を切り上げて近場うろつきシリーズに突入した。

 今日は阪急電車で西宮北口、乗り換えて宝塚、さらにJRで三田へ。何の用もないんだが。
 東京の人は「みた」と読むかも知れないが、これは「さんだ」と読む。兵庫県三田市。丹波篠山の手前である。
 丹波の手前にふさわしく元々じじむさい田舎町だったが、山を削って「フラワータウン」「ウッディタウン」とかいう大規模なニュータウンが作られてからはすっかりワケのわからない街になった。
 でも地図を見ると、三田の中心部「三田町」はけっこう味わいのありそうな街路の形状。僕くらいの地図オタクになると、地図を見るだけで街並みの絵がある程度浮かんでくるのである。

 で、その三田町散歩はこちらにメモっときました

  期待通りのこんな街並み

 岡本に帰ってきたら、線路の土手沿いの桜がますます満開。このまま部屋で過ごすのはもったいないので、厚揚げを焼いてタッパーに入れ、缶チューハイと泡盛を持って近くの桜守公園へ行って、夜桜の下で一人宴会した。

 なんか2回続けて近場ガイドになっとるな。
 「ゆうこのささがなる日記」更新。

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2004.4.3(土) 八尾で激渋

 やあ。まっちゃんです。
 クックック、嬉しいな〜、騙されてこんなメールをくださる人がいて。

 どこにも行かないで(T_T)

 懐かしいわぁ、この感覚。おばかさんね、4月1日はエ・イ・プ・リ・ル・フ・ー・ル。クスッ。
 と一人キショク悪く微笑んでいたら、頭を金槌で殴られるようなこんなメールが某レトロ銭湯経営者から届いた。

 先日、S浴場組合からの一泊旅行へ行ってきました。昨年度S市では何と6件もの廃業届けがあったそうです。何をしてもあかん、というのが大方の意見だったように思います。それで非常に残念なことですが我が湯も来年の50周年を待たずして今年12月をもってついに終わることになりました。時代の波に乗りきれなかったということでしょうね。

 えぇぇーーーー!! こないだ友人たちとみんなで入りに行ったばかりなのに・・・と激しく動揺しながら続きを読むと、こうあった。

 廃業というのだけはうそ! でも他の話は全部本当。
 どう? うまくひっかっかってくれたかなー?


 ・・・ふむ。
 これって、ひっかかるとけっこうムカツクもんだな。
 ま、でも廃業じゃなくてよかったわい。
 そこへ別の人からこんなメール。

 あんた、とうとう本物の四月バカになったんやね。

 さてと。
 バカといえば、昨日はヤフーBBから封書が届いた。見ると、データ漏洩の詫び状と、500円の振替支払通知書が入っていた。
 500円。500円やるからデータ漏洩許してね、か。
 しかし1人500円でも、契約者数からすると数億円だ。
 孫さんよ。今さらこんなこと言うのもナンだが、あんた金持ちだな。

 まあせっかく500円もらったんだし、今日は桜日和だから、ちょっと電車賃使って遠くへ花見&銭湯といくか。
 というわけで八尾の山本へ行ってきた。これまたすさまじい激渋銭湯もあったし、こっちにメモっといた

  明らかに元銭湯の、こんな風情・・・

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2004.4.1(木) 今日は何の日

 やあ。まっちゃんです。
 新年度の始まりです。せっかくですから、前年度と同じことをウダウダやってたって仕方ないでしょう。
 そんなわけで僕は明日から長い旅に出ます。イラクを皮切りに、リビア、チュニジア、コルシカ島、ランゲルハンス島、鬼が島、ひょうたん島などを回って、まだ誰も踏みも見ず天橋立でタップダンスを踊るのです。
 日本中の回転ドアとともに、この日記もたぶん今日でおしまいです。もしかしたらイルハン選手ももう戻ってこないかもしれません。アサダエッグの卵かけご飯、もう一度食べたかった。
 さいろ社の財産はすべて世界中のめぐまれない被虐待児および被虐待出版業者に寄付します。
 これまでのご愛顧ありがとうございました。みなさん、お元気で。

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