編骨日誌 (下へ行くほど日付が古くなります)
2004.7.31(土) 明日で終了
やあ。まっちゃんです。
明日はいよいよ天王温泉の最終日だなあ・・・しみじみ。一昨日にまた行って脱衣所などの写真を撮らせてもらい、ここに追加でアゲといたのでご覧あれ。
まだ行ったことのない人はぜひ明日行っときんしゃい。
「語らいのベンチ」は「お産一般」への投稿を掲載した。
「ゆうこのささがなる日記」昨日の分更新。
2004.7.27(火) 激しく残念
やあ。まっちゃんです。
悲しい出来事発生。
伝統ある銭湯が震災でほとんど姿を消した神戸で、心の故郷的な最強レトロ銭湯こと兵庫区の天王温泉が、今月末で廃業してしまうらしい。
大阪以西で唯一かもしれない本格的な唐破風の寺社建築、しかも天然温泉で、まことにもってすばらすいお風呂ナノニ・・・。
で、さっそく行ってきた。いつもの倍くらい人がいたかな。
今日の神戸新聞で大きく取り上げられたこともあって、仕事帰りのOLが一人で来てたり、遠くからマウンテンバイクをこいできたふうの大学生など、多彩な客層。
ズドーンと高い格天井に、豪華な照明がぶら下がる。含土類の黄土色のまろやかな湯。やっぱりいい雰囲気やわ、このお風呂。ほんとに惜しいなあ。
僕はこれまでここへ友人知人を何人も連れて来た。神戸での銭湯接待に欠かせないお風呂屋さんだったんだが。
天王温泉は8月1日(日)が最終日。銭湯ファンよ急げ!

(左)オリジナル暖簾 (中)廃業理由は「諸般の事情」「経営者の高齢化」「水道料金の大幅値上げ」 (右)玄関の渋い天井
帰りのバスを待っているとき、妙に人恋しくなった。銭湯帰りにこんな気分は初めてかも。
飲んで帰りたかったけど金欠なのでまっすぐ岡本へ帰り、生協の安売りイサキ造りで缶ビール。
「ゆうこのささがなる日記」更新。
2004.7.26(月) 夏休みの保護者
やあ。まっちゃんです。
朝、5日間のキャンプに行く丘(10歳)を大阪駅まで送っていく。
夕方、学童保育から映画を見に行ったまりも(6歳)を住吉駅まで迎えに行く。
その狭間でみみっちく仕事。
先週行った京都の桜湯を「名銭湯・京都」にアゲといた。京都の風情バリバリどすえ。
駅から2分、ちょいと角を曲がったらこんなんがおますのや
「ゆうこのささがなる日記」昨日のぶん更新。
2004.7.24(土) 別天地
やあ。まっちゃんです。
マレーシアに住んでいた友人一家がこの春、六甲山上に引っ越した。六甲山上は標高約600メートルの別荘地で、阪急六甲駅からバスとケーブルカーを乗り継いでいく。そこの息子はまりもと同い年で、全校生徒40人ほどの六甲山小学校へ通っている。
で、子どもらを連れて、先週、今週と連続して遊びに行った。
下界の気温は35度くらいあるが、山上は27度。サラッとさわやかな風が吹き、ヒグラシ、ウグイス、ホトトギスなどが鳴き続けている。
友人一家は古い別荘を購入した。これがまたすごい。下界では軽く1億円を超えるようなリゾート風一戸建て(トイレが3つもある)だが、これがなんと1800万円ほどだったという。ほかにも元5億円のリゾートマンションが2000万円で売りに出されていたり、もうそれはそれはダイナミックにデフレが爆発中だ。
ナナカマドやサンショなどが繁る庭には本格的なカマドがある。今日はそこでサツマイモを焼き、広いテラス(10人以上がくつろげる)でビール。リビングには本物の暖炉もあるので冬も楽しめそうだ。
神戸のゴミゴミした灼熱の市街地からケーブルカーでわずか10分のところに、こんな別天地がある。なのに人は、暑くて臭くてうるさくて狭い下界にゴミゴミひしめきながら住んでいる。馬鹿だ。阿呆だ。
もちろん僕も、そんな暑くてゴミゴミした貧民窟でゴソゴソと銭湯めぐりなんかをするのが大好きな馬鹿阿呆の一人だ。
で、山から下りてそのまま富士温泉へ直行し、デンキ風呂びりびり。しゃ、しゃ、シャイコォーーー!
2004.7.21(水) 猛暑に発作
やあ。まっちゃんです。灼熱ジャパンだがごきげんいかが。
子どもらは今日から正式に夏休み。だが朝から学童保育へブチ込まれている。今日は僕が子守り番なので、夕方早めに迎えに行って六甲おとめ塚温泉へ。
ウーム、いやまあしかし気持ちがいいよ実際この温泉は。3人で極上の炭酸泉と水風呂との交互入浴を徹底的に堪能し、上がりは1階食堂でなんやかや食ってビール飲んで帰る。
そういや昨日は西宮の銭湯「JOY西宮」へ行った。痛いほどの冷水風呂が気持ちよかったんだが、このごろ設備系が続いている。そろそろヒナビ系へ行きたいのぉ。僕の場合、3日に1回はヒナビ系が必要だ。
実は最近インターネットで別府の超ヒナビ激渋温泉群をじっくり見てしまい、もう発作が起きそうなほど全身が別府毒に冒されてしまった。どうにも我慢ならないので夏休み中にこっそり行ったろかい、とまず別府八湯のバイブル『温泉本』をネットで注文し、次いでチケット屋でフェリー便を調べてみたら、関西汽船の半額券がお盆期間は使えないことが判明した。ががぎぎぐぐげご、半額券じゃないととても行けないよぉ〜、と泣いているところへ『温泉本』到着。
もう朝から脳味噌がケイレンしっぱなしだ。うあぁあぁあ〜〜。
2004.7.19(月) 川の日はなぜないのか
やあ。まっちゃんです。
今日は「海の日」。ということで子どもらと住吉川へ。やっぱり夏は川だよ。
しかし炎天下の水遊びはけっこうバテるなぁ。
「ゆうこのささがなる日記」更新。
2004.7.17(土) 夏の昼寝地獄
やあ。まっちゃんです。子どもらは今日から事実上の夏休み。
昨日は真面目にパソコン作業をしすぎたせいで昼夜逆転、おかげで今日は朝寝したり夕方また寝たりと調子狂っちゃった。夏の昼間は暑いしセミがうるさくて寝てられない。よし、明日には元に戻してやるぞ。
木曜日に行った西脇温泉を「名銭湯・播磨」にアゲといた。最近、すぐ書いておかないと忘れてしまう傾向に明らかに拍車がかかっているな。覚えていられるのは3日が限度だ。
2004.7.15(木) これが我輩の日常といふものである
やあ。まっちゃんです。
暑いけどやることいっぱい。なのに友人の出張に便乗して、午後から兵庫県内陸部の西脇市まで行ってしまった。もちろんアレですわ。人の車に便乗すると、ラクして安く、遠くの銭湯へ行けますからな。
西脇は県内でまだ行ったことのない最後の「市」だったんだが、古〜いまちなみがなかなか渋かった。風呂もよかったし。いずれまたゆっくりと行ってみたいねぇ。他の写真も近日アップしませう。
帰ってから再び仕事。

仕事の合間にこんな小径を散策して、こんな銭湯でひとっ風呂・・・まるで俺は明治の文豪だな
2004.7.14(水) おひさ〜
やあ。まっちゃんです。
すまんすまん、日誌を1週間近く休んでしまった。なにがどうってことはないのだが、なんとなく面倒で。いや、いくら暑くてビールの消費量が増えているからと言って、これしきの日誌の更新を面倒がっているようでは出版業界人とは言えんのだが。
その間に参院選も終わったな。「自民敗北、民主勝利」と言われているようだが、自民はたったのマイナス1でしょ? 共産党の議席がすっぽり民主に移動しただけで、与野党の勢力図にはなんら変化なしと。
何、このつまらなさ。
とにかく、選挙前にピターッと照準を合わせて曽我さん一家再会を持ってくる自民党のセコさといい、その作戦にピターッとハマってキスシーンをこれでもかと映しまくるテレビ(いや僕は一度も見てないのだが、そうだったらしいね)といい、もうどうしようもないな。
そういや、某友人の中学生の息子は何度もリプレイされるそのシーンを見て「キショイ。ヤメロ!」と吐き捨てたそうだ。
あっぱれ。正しい反応。
一般的な「日本人」的神経で考えて、そんな個人的でデリケートな場面は、たとえその場で見ていたってそっと目をそらしたりするもんでしょう? それを見世物のように全国に何度も何度もリプレイ放送するテレビ。映されてナンボの芸能人やないっちゅーねん。多感な思春期中学生でなくともキショイ。ヤメロ。
(もちろん曽我さんのキスシーン自体がキショイのではありません、念のため。彼女とその家族には、草葉の陰からそっと「よかったですね」との念を送りたい)
テレビが選挙前に何度もリプレイすべきシーンは他にあった。もちろんイラク(とくにファルージャ)だ。
ともかくも、「共産敗北、民主勝利」を「自民敗北、民主勝利」にすり替えて2大政党制を煽るマスコミ。マジでつまらん。
そもそも2大政党制って、ほんとにツマラン。
水曜日の午後は子守り。ガキ2人を連れて電車に乗って、伊丹の力湯へ。
ここは設備系のビル銭湯だが、ちょっと変わっている。男女仕切り壁が大きな水槽になっていて、魚がウヨウヨ泳いでいる。巨大金魚とエンゼルフィッシュやプレコなどの熱帯魚がいっしょくた。
湯舟がすべてステンレス製というのも珍しい。そして階段を上がるとベランダが露天風呂、しかも漢方薬入り。冷水風呂もあり、子どもらは喜んでおったわい。
上がりは商店街でラーメン&ギョーザ、黄金の定番メニュー。
「ゆうこのささがなる日記」きのうのぶん更新。
2004.7.8(木) こんな日は京都どす
やあ。まっちゃんです。むしむしアッチッチのカンカン照りですな。こんな日に狭い部屋に閉じこもってたらビョーキになる確率80%。そこでまたもや「電車の車内のほうが仕事がはかどるもんねー」と自分に言い訳しつつ駅へと向かう。ま、パソコン作業だと出られないが、今日はとりあえずゲラ作業ですよって。
とはいえ車内で仕事しようと思うと、近くまでだといくらもできない。遠いと電車賃がかかる。その妥協点が「阪急で河原町」だ。JRは速すぎるからな。
ともあれ京都は久しぶりだよウレスイな〜。ちょっと前、某湯友が「東山区の滝の湯が濃かったで〜椅子なかったし」と言ってたのが気になって気になってウハハハハー。
いえ、目的はあくまで車内で仕事、です。赤ペン握ってシャカシャカ仕事。いや、まじで電車の中のほうが集中できるのナンデダロ〜?(これもう死語か?)
あっちゅーまに河原町。ま、せっかく京都まで来たんやから滝の湯へでも行っとくか、と白々しく自分に言い訳しつつ、歌舞練場のある宮川町から松原通へ。古ーい家並みの中、このクソ暑いのにしっかり着物を着込んだ真っ白けの舞妓さんが、道端で遊ぶ近所の子どもらとごく普通に日常会話を交わしている。CMのワンシーンのような光景だ。
ふーむ。まあやっぱり京都は日本の他の街と比べても特異な街だな。
なにをかくそう僕は大学時代は京都に住んどったのだが、当時と今と、町を見る目がずいぶん変わった。学生時代は他をあまり知らんから「こんなもん」と思ってたし。銭湯も毎日通っていたが、下宿していた太秦周辺の銭湯数軒をローテーションで回るだけだった。
でも、京都には町の辻辻に激渋銭湯がなんぼでもある、という恐るべき事実はよく知っている。ま、今後じわじわ訪ねて行きましょう。
滝の湯
千歳湯の前を通り、目指す滝の湯へ。正面に橋の欄干みたいなのがあって、そそりまくる渋い外観。
すでに汗もかいたしさっそく入りたい反面、久しぶりに京都をもっと歩きたい気分にもなってきた。でも風呂上がりに歩き回るとまた汗だくになるしなあ・・・としばらく煩悶した結果、ここは次回の楽しみに置いといて、三条上ルの柳湯まで歩くことにした。ナニやっとんやワシャ。
ところで滝の湯の向かいにこんな看板を発見。
京銘菓、幽霊子育飴?
なんじゃこれ、と覗いてみると、ショーケースの前になにやら能書きが書いてある。
慶長4年、死んだ妊婦を土に埋めて数日後、土の中から赤ん坊の泣き声がするので掘り返してみたら、子どもが産まれていた。ちょうどそのころ夜な夜な飴を買いに来る女がいたが、赤ん坊が掘り出されたあとは来なくなったという。以後、この飴が幽霊子育飴と呼ばれるようになったっちゅーことだ。ちなみにその子は8歳で出家し、偉い坊さんになって寛文6年に68歳で死んだとさ。
記念に1つ買った。500円。
フツーの水飴だが、これは恐がりのまりもちゃんには絶対に見せられません
建仁寺の境内を通りぬけ、花見小路を上がる。四条通の南側は観光客がいっぱい。
四条通を超えるとスナックなどの多い盛り場になるが、そういやたしかこのあたりには・・・おっ、あったぞ。この会員制クラブ、まさしく学生時代にバンドの仕事でしばらく入ってた店だ。うーむ20年ぶりだよ懐かしい。たしか東京ロマンチカの三条まさとも楽屋で一緒だったなあ。
(左)花見小路、南側 (右)思い出の地下クラブ「ラポー」
2kmたらず歩いて、汗びっちょりで柳湯に到着。ここもまたモーレツに古臭い。でも水風呂きりっと冷え冷えでシャイコーだったわい。「名銭湯・京都編」にアゲといた。
番台のばあさんの愛に感激
上がりは「タイムサービス・生ビール200円」の看板にひかれて縄手通りの居酒屋「かっぱ」へ。生ビール200円はよかったんだが、小芋3ヶの付き出しが500円とはね。このへんが祇園のヤ〜なところですわ。
帰りの特急でもセッセとゲラ作業。僕はやってます、仕事やってますよオカーチャン。
「語らいのベンチ」は「無資格の産科看護婦」への投稿を掲載した。
2004.7.7(水) 夏かぜ七夕
やあ。まっちゃんです。
まりもちゃん風邪で熱出して学校お休み。で、一日付き添う。
午前中はウグイスがさかんに鳴いている。午後はクロアゲハが飛んでいる。
近所の竹やぶから細い竹を1本切り出して、七夕飾りを作った。
「ゆうこのささがなる日記」更新。
2004.7.6(火) この夏はがんばって働くぞと
やあ。まっちゃんです。暑いね。暑いけどやらんとな。とりあえず生きるための雑多な仕事もこなしましょう。
夜の11時をまわってから阪急六甲の富士温泉へ。僕がよく行く銭湯のナンバー3。温泉でもなくレトロでもないが、なぜか好きなんです。薪で沸かしてるお湯がとにかく軟らかくて気持ちいい。
こないだ行った東大阪の稲田温泉を「名銭湯・河内」にアゲといた。
2004.7.4(日) くそ暑い中でゴチャゴチャと
やあ。まっちゃんです。
夕方からの用事の前に、またしてもJR東西線に乗り、昨日の放出の1駅むこうの徳庵へ。だから言ったでしょう、僕は勢いがつくと続けさまに同地域へ出かけてしまうのや。
昨日にも増して蒸し暑い本日、やっぱり無風。徳庵で下車するのは初めてだ。北側は大阪市鶴見区、南側は東大阪市。昨日と同じく東大阪市側を探索する。
放出をさらに田舎くさくしたようなユルミ切った街並みの中に、4軒の銭湯がある。それにしてもすごい湿気。順に見て行くうちに、超アセミドロ人間と化す。でもこれがいいのよ銭湯に入るには。
駅からちょっと離れたあたり、徳庵のユルーイ街並み
駅から一番近い稲田湯は、凸型玄関の左右に前栽を備えた昭和初期系の大阪伝統スタイル。ほかの3湯は昭和後期に改装されたっぽいタイル外装だった。
だいたい1950年代までの建築では凸型が多いようだ。60年代以降になると前栽部分がなくなり、間口の端から端までをズドーンと覆う(これを僕は「間口横断型」と自分一人で呼んでいる)シルバーパネル看板が席巻する。さらに昭和後期になると、タイルで覆われた重厚な間口横断型が増えてくる。
昨日の放出は3湯とも昭和中期系のシルバーパネル外装だったが、徳庵にはそれは1軒もなかった。1駅離れると微妙に改装時期が異なってくるのがおもしろい。
僕的には、間口横断型にはあまり建物としての面白みを感じない。見慣れているせいかもしれないが。やっぱり凸型や破風造りのほうが今では珍しいし、「非日常」だし、友人を連れて行くと必ず「おぉ〜」と言ってくれるもんね。
僕が銭湯の外観にこだわるのはそこだ。スー銭の乱立をはじめ設備競争が行なわれている今だからこそ、逆に古臭ければ古臭いほど「見たことない」=「斬新」なわけです。どうせ設備面ではスー銭的な設備系にはかなわないんなら、中途半端に改装してしまってるより、とことんタイムスリップ感に突出してるほうがおもしろい。と同時に、なぜかしら心の琴線に触れてくる。なんなんだこの胸キュンは・・・と、自分でもびっくりしてしまうわけです。
それこそがレトロ系銭湯の魅力であり、そーゆー素敵な銭湯になんとか生き延びてほしい。それがまっちゃんの願いなの。
そんなわけで、一番じじむさい稲田湯に入った。内部は改装されていたが、立派な折り上げ格天井が健在。近日中にレポートをアゲましょう。
両脇に庭がある、典型的な凸型玄関
さてと。風呂にも入って、梅田で6時半の用事にちょうどの時刻・・・と・・・え? うわぁしまった! 今日の用事って、某ホテル「紫の間」での出版記念パーチーだった! うっかりいつもの風呂上がりTシャツ(そのまま寝間着として使ってるやつ、袖口はチューリップ状にヨレヨレ)しか持ってこなかったよ。いくらなんでもこれで「紫の間」にはなあ。
あわてて駅近くのショボイ地元スーパー「コノミヤ」に飛び込むが、ろくな服を売ってない。カネもないし・・・でも夏物全品3割引。1500円くらいの前開きの柄シャツを買ってトイレで着替えたが、前のボタンを留めると、もーほーの人みたいになった。これはいかーん。再び売場に戻って367円のグレーのIシャツを購入し、それを中に着てさっきの柄シャツを引っ掛けたら、ちょっとはマシになった。
30分以上遅れて会場に到着。立食は腰にキツイ。といいつつ3次会まで参加して帰る。
「語らいのベンチ」は「無資格の産科看護婦」への投稿を掲載した。
2004.7.3(土) 私にとって文化とは
やあ。まっちゃんです。今日も暑いね。
昼間、丘と散髪へ。夏のカリアゲ完成。
夕方は大阪へ向かう。JR東西線の中で原稿整理作業をしつつ、西天満での用事の前に、少し乗り越して放出(はなてん)で下車。この駅の北西部には名銭湯コーナーで紹介している日光温泉があるが、南東部も狭いエリアに3軒の銭湯が集まっていて、ちょっと気になっていた。で、この炎天下をテクテクと俺馬鹿野郎が汗まみれで歩いているというわけさアハハハハ。
昔は沼の底だった低地帯を、鉄板垂直護岸のどす黒い川が流れる。川面に浮かぶカルビーポテトチップスの空き袋。風もなく、むせかえるほどに澱み切った高湿度の空気。橋を渡るとパチンコ屋と小さな飲食店街、そして古くもなく新しくもない典型的な高度成長期のプアーな郊外住宅地が漠々と広がる。
まさにわが故郷・寝屋川と同じ文化圏、いや、文化不毛圏だな。
そんな中にたたずむ3軒の銭湯も、当然の如くにシルバーパネル外装のモロ昭和中期的な造りだった。
そのうちの1軒、玄関先に福助のタイル絵が見えた大黒湯に入る。脱衣場もごくフツーの昭和系。広々した浴室には無料の乾式サウナがあり、奥の壁には24枚分の小さな山水画のタイル絵があった。
まあしかし冬の夜の銭湯も気持ちいいが、やはりなんちゅーても夏の夕方の銭湯というものは究極の極楽じゃのう。毛穴ビンビロゲ。そして水シャワー最高。どんな文化不毛圏でも、銭湯文化さえあれば俺は生きてゆける。
毎度有難う御座居ます
上がってパンツ1丁で牛乳を飲んでから服を着る。再び東西線で西天満へ移動し、今月10日に行なわれる「カルテ改ざん」問題を考えるシンポの打ち合わせ。
どんな立派な大学病院でも、いや立派だからこそ、何かコトが起きると必ずやるんですねぇーカルテの書き変え。この日はそんな権威の恥部ともいうべきカルテ改ざん事例がコレデモカ〜と発表される。ドラマ「白い巨塔」監修者の石川寛俊弁護士、慶應大学放射線科の近藤誠医師、陣痛促進剤による被害を考える会の出元明美さんも語ります。ぜひお越しやす。
2004.7.1 堺情報
やあ。まっちゃんです。で、夏が来たと。
狭苦しい編集室ではもー頭が回転しまへん。気分転換に電車に乗って、車内でセコセコ原稿整理作業。そしていつしか電車は大阪・堺市の鳳へ。
じつは先月ある方から「堺の大姉湯が渋い」との情報が寄せられていたので、仕事に没頭しつつも我が足はそっち方面へと向かっていたのであった。
堺にはバスフレンドのヒゲヤ氏がいる。彼は謎の会社を経営しているが、仕事へ向かう意欲が最近イマイチだという。そこでヒゲヤ氏を鳳駅前に呼び出し、ついでに彼の車で鳳近辺の銭湯をいくつか見て回り、回ったついでに回転寿司を食ってから、いよいよ目指す大姉湯へ。
ここがまた、久々のポタポタ焼き系の泣ける銭湯じゃったわい。さっそく「名銭湯・泉州」編にアゲといた(「大阪府下」が重くなったので「北摂」と「河内・泉州」に分けた)。
このキナ臭いご時世の日本に暮らす以上、一度はこの超郷愁銭湯へ行き、湯舟の中心でバカと叫ぶべきだろう。俺は今、心からそう言いたい。
さあお入り
上がりは鳳駅そばの狭いカウンターの店でビール飲みながら再び原稿整理作業。いちおう仕事もやってます、と自分に言い訳もせんならんし、忙しいわい。
「語らいのベンチ」は「無資格の産科看護婦」への投稿を掲載した。
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