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編骨日誌 (下へ行くほど日付が古くなります)

2006.7.31(月) 久しぶり

 やあ。まっちゃんです。
 ふと気がついたら月末だ。いつも通り銀行&郵便局に並んで、あっちのゼニコをこっちへホイのおもしろくもない作業をひとしきり。でもそのついでにみどりの窓口に寄って、青春18きっぷを買った。
 んで明日から下記の通り休みます。

臨時休業のお知らせ

2006年8月1日(火)〜3日(木)の3日間、臨時休業いたします。
この間にいただいたご注文につきましては、
8月3日(木)の夜にご確認メールを送信し、翌4日(金)に発送いたします。
到着はその翌日か翌々日になる見込みです。
ご了承ください。

 帰ったらまた例のやつ、お楽しみにね。

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2006.7.30(日) ロケンロー・アゲイン

 やあ。まっちゃんです。
 昨日に引き続きロックガーデン地獄谷からB懸尾根、今日は丘と。昨日は人っ子一人いなかったが、今日は大学生グループから高齢者までけっこう登っていた。
 山に入ると思いのほか涼しいが、そこに至るまでの住宅地が暑くて、丘は登山口の高座滝に着くまでにバテている。岩場では堅実な手足運びで身軽に登ってくるが、馬力&スタミナ不足なためペースがやたらと遅い。

  
(左)高座の滝に出ていたかわいいコーヒーショップ  (中)地獄谷の滝を登る丘  (右)謎のトゲトゲの木

  
不思議な地形が連続するB懸尾根を淡々と進む

 風吹岩からは蛙岩を通って魚屋道経由で下山し、本日も森温泉へ。そのあとスシローで腹ぱんぱんになるまで食って帰った。

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2006.7.29(土) 万物相

 やあ。まっちゃんです。
 丘と山へ行こうと思っていたが、彼は近所の友だちと遊ぶというので、一人でロックガーデンへ行った。
 地獄谷からB懸尾根、このへんで一番のロケンロールなコース。油断したら怪我するけど、慎重に行動すれば大丈夫。ここで2時間ほど遊ぶ。
 狭い日本というけれど、同区内のすぐ近くにこんな不思議なところがおます。

  
(左)地獄谷、滝は巻かずにできるだけ直登  (中)風化した花崗岩を伝うB懸尾根  (左)目指す万物相

  
(左)こんなところをへづったり  (中)万物相、奇怪な悪地形  (左)来し方と大阪平野、ふしぎな風景

 
(左)風吹岩から大阪梅田のビル群をズームアップ  (左)同じく淀川河口周辺と大阪湾

 ちなみにB懸尾根へ行かれる場合は、リュックは胸ベルトのあるものが望ましい。肩にかけるだけだと不自然な体制で落とす可能性があるからね。
 夕方5時に風吹岩到着。夏休みだというのに誰もいない。扇風機の「弱」&「そよかぜ」モードの最適快楽風が休みなく吹いている。しばらくして30歳くらいのカップルが1組来た。
 下りは高座谷へ。そこから森温泉まで歩いて、1時間くつろいだあと、岡本へ戻って学童保育の懇親会に出席した。

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2006.7.28(金) 夏

 やあ。まっちゃんです。
 窓の外でジャージャーと音が・・・また大雨か。
 と思って目覚めたら、セミの大合唱だった。

 今日から夏が始まった。

 空が青い。
 雲が白い。
 山が濃い。
 肌が熱い。

 夏だ。夏だ。夏だ。
 もうさみしい。入道雲を見ると、もうたまらん。
 夏が始まったことで、夏の終わりを予感して切なくなってしまう。

 夏空は子どもの頃を思い出させる。
 想い出はなぜか夏景色。そして泳ぎ疲れた午後の帰り道。

 切ないなあ、夏は。
 みんなはそんなことないの?
 俺が変なのか?

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2006.7.25(火) フツーの日

 やあ。まっちゃんです。梅雨ももう一息というところかな。

 不調プリンターの調整に翻弄され、あっという間に夕方だ。機械が思うように動かないせいで時間を失うと、ものすごく損したような気分になる。
 いらいらを抱えつつ6時から近所の山へ突入し、獣道をのしのし歩き回ってクモの巣だらけになるうち、日が暮れて真っ暗になった。神戸の山は暗くなるとイノシシがヤブでブヒブヒ言い始めるので怖い。
 山から下りて海岸に近い青木まで歩いて幸福温泉、そのあと飲んで帰ったら11時半だった。

  
(左)梅林公園の上からスッキリ見えた東神戸大橋  (中)ふだんは涸れてる八幡滝  (右)北海道駒ケ岳のタイル絵がある幸福温泉

 「語らいのベンチ」は「助産師学校の廃止」への投稿を掲載した。

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2006.7.22(土) 増水の川

 やあ。まっちゃんです。
 梅雨がわずかな晴れ間を見せたその隙に、近所の山で踏み跡探検。そのあと、宿題攻めの刑に処されている丘をさそって、先週行った住吉川上流の滝つぼへ。

 でもさすがに昨日まで豪雨だっただけあって水量が倍になっており、怖くて飛び込めず。飛び込んだら、滝つぼはいいとしても一気に浅瀬へ持っていかれ、岩にこすられて裸では傷だらけになりそうだ。
 仕方がないので少し上流の堰堤の下で泳いだ。ここも堤壁の穴からの吹き出しが暴力的で、フチ全体が洗濯機みたいになっている。懸命に泳いで水が落下する真下へ行ったら、水圧で底(水深2m余)の岩に押し付けられた。あとで見たら打ちつけた臀部が腫れていた。

 
(左)滝の上、近づくだけでもけっこう怖い   (右)堰堤下の激しい水流にもみくちゃにされる丘

 2人でさんざん水になぶられ、満足して帰る。

 普通、増水時の川は危険だから近づかないようにと言われるし、実際、油断すると死ぬ危険性もなくはない。だが、平常時に地形(水底を含む)を調べておき、当日の水量などを慎重に見極めれば、川の規模によってはこれほどおもしろいものはない。子どもに水の恐るべき力と人間の限界を体験させておくことも大事だろう。
 でもマネしないでね、といちおう。大きな川や、上流でダム放水があるような川では絶対にバツね。

 夜はまりもと住吉川の橋の上から、芦屋浜の花火大会を遠望した。

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2006.7.19(水) 計画表

 やあ。まっちゃんです。
 激しい雨で川の流れが豪快だ。ただでさえ神戸は山が海に迫っているから川はみな短い。そこへもってきてこんな日は流速にターボがかかっているため、橋の上に立つと、降った雨が川に集約されて一直線に海へ流れてゆくさまが全部丸見えになっている。
 これは見飽きない。そしてなぜだか少し愉快な気分になってくる。
 蛇行してるとか分流してるとか途中に池があるとかすればもっと楽しいんだろうが、まあ仕方ないな。

 そんなことより、今日またツルムラサキを買って帰ってから、重大なことに気がついた。
 小学校中学校ともに本日が1学期最後の授業だったらしい。ということは明日は終業式、あさってから夏休みだ。
 青春18きっぷは7月10日から。子どもらの夏休みは20日から。つまりこの間の10日間がディープ&チープな一人旅のチャンスだったのだが・・・クソ、ぷるつやペンを持って近所の町や山を歩き回って何をしてたんや俺は・・・。

 そのように俺は予定もヘチマも立てられず、立てたところで実行できたためしがない人間だ。そして不幸にも息子の丘が俺のそういった部分を律儀に受け継いでしまったことは、これまでのつきあいで十分に判明している。
 にもかかわらず、晩めしのあとで丘に夏休みのスケジュールを細かに立てさせた。
 かわいそうに、彼には大量の宿題が出ている。しかもなおかわいそうなことに、それらをきちんとこなさなければ授業にまったくついていけないような状況に追い込まれている。そうならないための計画表を作ることもまた学校によって課せられたことの一つだ。

 で、せっかくの夏休みなのに、毎日勉強するという狂った計画表が出来上がった。
 もちろん、俺の息子である以上、そんな計画表は3日とたたないうちにゴミクズ同然となるに違いない。

 思えばこれまでに俺は、いったい何枚の計画表をゴミクズにしてきたことだろう。俺の半生は計画表をゴミクズにすることと共にあった。計画表をゴミクズにしながら成長し、計画表をゴミクズにしながら青春を過ごし、計画表をゴミクズにしながら齢を重ね、計画表をゴミクズにするうちに白髪頭となった。
 なのにそんな俺が、なぜまた息子に計画表を作らせるのか。

 俺もしばらくは少し忙しい。仕事の無計画がたたってしわよせが来た。
 ツルムラサキも調理法を考えずに買った。袋から取り出したときに3秒だけ考えて、おひたしにした。
 うまかった。

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2006.7.16(日) 滝飛び込み

 やあ。まっちゃんです。
 昨日見つけた滝つぼに、さっそくガキ3人連れて行ってきた。小さな滝だが、子どもにはちょうどいい。
 怖くてなかなか飛べなかった子(中学生)も最後の最後に飛べた。

  
(左)狭い谷間   (中)高さ2m、水深2.5mくらい   (右)上から見たところ

 
(左)丘はこれでもかと何度もダイブ   (右)まりもは浮輪で

 でも今日は曇天でちょっと寒かった。くちびる紫色で帰る途中、夕立が来た。

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2006.7.15(土) 秘密プール発見

 やあ。まっちゃんです。
 今日も怒涛の蒸し暑さだったが、真昼間から近所の打越山へ登ってアホみたいに発汗大洪水。歩きながら手の指先からも汗がポタポタ、よくもまあこれだけ出るなと思うほど出やがるぜ。
 その帰り道、住吉川の上流で素晴らしい水泳ポイントを見つけた。ダイビングできそうな滝壺プール、しかも誰もおらん。腹が減っていたので泳がなかったが、近いうちに水中メガネを持って再訪しようっと。

 そのあとはガキども4人連れて、住吉川のいつもの場所で水遊び。いつものニレの木陰に寝そべってビール2本飲んで読書した。

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2006.7.14(金) 最近のマイブーム

 やあ。まっちゃんです。
 はっはっは。平素スチームサウナで鍛えてる俺様にとって、こんな蒸し暑さは屁でもない。

 青春18きっぷの季節が始まったというのにまだどこへも旅立たず、このところまた新たなマイブームに精を出している。
 それは「夕方からの山歩き」だ。
 4時半くらいに仕事を切り上げ、コンビニでおにぎりとお茶を買って、2時間ちょっと歩き回る。このクソ暑い中を早足で歩いて滝のように汗をかき、日暮れが近づくと山から下りて銭湯へ直行する。

 この風呂での極楽度がすごいんです。

 そして帰ってから、地図で歩いたところを黄色い「ぷるつやペン」でなぞるのも楽しみなんです。うひー、恥ずかし〜い! でもこれがまたクセになるんじゃわ。

 きっかけは、学校で習った地図記号に興味を持ったまりもに、六甲山周辺の地図を見せてやったことだった。その地図には東西に長く伸びる六甲山全域と、それに沿う神戸の市街地がほぼ載っている。
 「ここがおうち、ほんでここが学校で、まりもちゃんはいっつもこの道を歩いてるんよ・・・」と、そばにあったまりもの「ぷるつやペン」でなぞり、ついでに「こないだおとうはこの道を歩いたよ」となぞったら、まりもが「これまで歩いた道を全部なぞって」と言う。
 で必死になって「そういやここも歩いたな、おや、この道はどうやったか・・・」とやっているうち、まりもは飽きてどっかへ行ってしまったが、俺はもう止まらなくなった。

 いちおう全部なぞって見てみたら、市街地・山岳部分ともに、同じ道を何度も歩いているのに、そのすぐ脇の道には一度も足を踏み入れていないようなところがあちこちにあることが一目瞭然になった。
 これはちょっと新鮮な発見だ。山岳部分のすでに歩いた道は近所の風吹岩山塊(六甲山の前山)に集中しているが、それでも意外に未踏の道がいくつかある。

 で、その地図を持って未踏の道を歩くようになった。
 すると、地図に載っている道のほかにも、地図にない小道や踏み跡があちこちにあるのが目に付くようになった。
 で、そういう道を探検して地図に書き込むという楽しみが加わった。

 このマイブームのもうひとつのポイントは「ぷるつやペン」だ。
 山の中で地図を広げると、「ぷるつやペン」でなぞった跡が黄色く輝いて、浮き出て見える。その魔力はなかなかすごい。もっと線をいっぱい引きたくなる。
 先週まりもの「ぷるつやペン」のインクがなくなったので、ダイソーへそれ1本だけをわざわざ買いに行った。

 ははは。何を小さくまとまってんねん俺・・・

 昨日は午後2時ごろから仕事をサボり、久しぶりに六甲の主稜線まで上がった。天狗岩南尾根をゼイゼイ言いながら登っていたら、山道の脇にこんな不思議なものを見つけた。

  4cmほどだったような

 今日まりもに写真を見せたら、「知ってる! 学校で借りたキノコの本に載ってた!」と言う。
 調べてみたら「サンコタケ」というものだった。サンコとは密教の仏具「三鈷」のことですな。

 標高800メートルを超える主稜線は、さすがに風吹岩周辺よりもずっと涼しい。眺めもダイナミックだ。
 600メートルあたりまで下りてくると一気に空気がぬるくなる。

  主稜線から見たポートアイランドと神戸空港

 阪急六甲まで下りて、ふじ温泉へ。
 山歩きの後はどうしても風呂が長くなるが、この日は1時間半ほど浴室にいた。熱い湯と水風呂の交互入浴、極楽エンドレス。山で死ぬほど汗をかいたというのに、わざわざまたスチームサウナに入ったり。
 ふつうの小さな銭湯でこれだけ長居する人は少ないな。

 まあそんな昨今だが、今日は歩いてない。

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2006.7.12(水) あなたは何サマーにする?

 やあ。まっちゃんです。
 インドのテロ事件の扱われ方、ちっこ〜。まだ現地レポーターも行ってないし。マスコミって発展途上国にはほんとに興味がないんやねぇ。

 晩めしに、ツルムラサキというものを湯がいてマヨネーズを添えて出したら、まりもが「おいしい!」と言ってよく食べた。彼女はおやつの食いすぎで晩飯のおかずをよく残すんだが。
 たしかに、しゃきっとした歯ごたえ、ぬるっとした舌触り、そしてわずかな苦味という自己主張の鮮明さが、大胆に夏を感じさせる。まりもはゴーヤを食えないし、この夏はこいつでいこうかな。

 ここでフト、今年の夏を「ツルムラサキ・サマー」と名づけようと思い立った。

 そうだ、いっそのこと今後すべてのシーズンに個人的に名前を与えることにしようか。
 だいたい台風でも「〇年の〇号」なんていうより「室戸台風」とか「カトリーヌ」とか固有名詞がついてるほうが親しみが湧くし記憶に残るもんね。各年各季節の味わい、楽しみがよりクッキリとしてくるはずだ。
 
 うむ、これはなかなかの思いつきだぞ。

 みんなもマネしていいからね。そしてよければ俺に報告してくれ、理由つきで。いくつか集まったら「私だけの季節ネーミング特集」をやろうぜ。

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2006.7.10(月) ジダンも切れるむし暑さ

 やあ。まっちゃんです。
 むし暑いのに、ちょっと忙しくなってきたぞ。

 ところで、さっそく前回の謎の続きを解いておきましょう。
 あの丸椅子は難波宮跡のもんやおまへんねん、というところでしたね。

 難波宮跡っちゅーのは、大阪城のすぐ南どなりにある。
 ここには7世紀(大化の改新後)と8世紀(聖武天皇、奈良時代)の2度にわたって都が置かれ、そのつど豪華な大極殿や都城が建設された。でも都の寿命はいずれも短期間だった。
 NHKと歴史博物館のある場所は都城の域外だが、ここには難波宮当時に大きな役所が置かれていたらしく、それらしき建物跡がいろいろと出てきた。その遺構はNHKの地下に保存されており、見学できる。

 NHK地下の遺跡。行灯の位置にかつて柱が立っていた

 謎はここからだ。
 ここで出たのは7世紀と8世紀の難波宮遺構だけではなかった。その下を掘ったれば、なんと5世紀の建物群の遺構がざっくざっくと発見されたんだと。
 それは高床式の巨大な倉庫群で、しかも建物内部にも強度を高める柱が使われていて、かなり重いものを収蔵した立派な建物だったらしい。
 だが、倉庫の中身は何も出ていない。建物跡だけが16棟以上も見つかった。
 そして調査後は、柱の穴があった位置に丸椅子などを配した広場として整備され、うち1棟が実物大で復元されている。

 これが今回のクイズの答えだ。
 のりぴーには、偶然これに遭遇した奇跡を祝福して1.5ポイントさしあげましょう。

 この倉庫群を誰が、どういう目的で造り、何を収蔵したのかはわからない。
 でも、「5世紀」というのが重要なポイントね。

 
(左)骨格予想模型  (右)復元された倉庫。こんなのがズラリ整然と並んでいた。ここだよ(ヤフー地図)

 3世紀のマキムク(奈良県桜井市)に始まる畿内の王権は、一般に「大和朝廷」と呼ばれとります。
 ところが5世紀になると、大和(奈良県)ではなく河内(大阪府)に、大仙古墳など世界最大級の王墓がばんばん作られるようになった。
 どうやら、王権の中心地が大和から河内に移ったっぽいわけね。

 これは中国の歴史書でいうところの「倭の五王」の時代に当たる。古事記や日本書紀でいうと応神・仁徳〜雄略の時期と考えられている。
 もっとも、それらの大王が実在したかどうか、また彼らを「倭の五王」に当てはめていいのかどうかは未だ判然としない。そして、それ以前の大和の王朝が河内へ移動したのか、それとも別の勢力が大和王朝を倒して河内王朝を開いたのか、それもわからん。

 ただ、この時期の河内の大王一族が、神功皇后の息子・応神に始まっている点が興味深いね、俺的には。
 こないだも書いたけど、「記・紀」によると、九州から来た神功皇后は、彼女のヤマト入りに抵抗した大和の皇位継承者2人をブチ殺して畿内に君臨した。
 その神功皇后の素性がヒジョーに怪しいわけだ。彼女をヒミコに同定する日本書紀の白々しさも、もう何かを必死にごまかそうとしているとしか思えない。

 うひひ。われながらこの奥歯にものの挟まったような言い回し、これが古代史の正しい楽しみ方なんですよワカル?
 ともかく、そんな謎が渦巻く5世紀の大阪王朝期に作られた巨大倉庫群なのだった。

 それにしても、こんなに大きな倉庫をたくさん並べて、いったいここに何を入れたのかね〜?
 「倭の五王」はしきりに中国の南朝に朝貢した。中国南部、そこは稲作と呉服とエチゼンクラゲのふるさとだ。

 ま、まさか倉庫の中身は・・・エチゼンクラゲか?

 ほとんどの人にとってどうでもいい話でまた日が暮れた。スマヌ。
 ポイント集計しておきましょう。

 (横綱)ぽん 112ポイント
 (大関)めぐりん 105ポイント
 (関脇)ジュン 97ポイント
 (小結)みよ 90ポイント
 (前頭)てっちゃん 84ポイント
 (前頭)マコト 72ポイント
 (前頭)のりぴー 30ポイント
 (前頭)まっきゃん 18.5ポイント
 (十両)妖怪ピロン 7ポイント
 (十両)みよ娘 6ポイント
 (十両)シュウサク 2ポイント

 今回はセコいポイントでしたので順位に変動はございません。

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2006.7.7(金) 謎は続く

 やあ。まっちゃんです。
 毎年七夕には近所の山から笹を切り出して飾りつけをするのだが、今年はなんにもしてへんな。
 まあええか。
 そのかわり、まりもと生協へ行ってボディボードを1枚買った。1000円。今年の夏はこいつで川下りをしてみようかな。

 のりぴーさんからクイズの答えが来た。

ま、まっちゃん。
これはたまりません。見つけてしまった。
茂木さんやないけど{あは!あは!・・・}してしまった。
今日公開録画を楽しむ為NHKホールに行ったんだけど、なんとなく気になって反対の出口から外を覗いたら、あるじゃない。きゃー!と思わず駆け寄ったな。
でも・・・時間なくて突き詰めて観察してないから・・なんなの?あの配列。
お姉さんやおばちゃんたちがいいムードで三々五々腰掛けておにぎりなんか食べてたよ。

で、大阪歴史博物館の前の、石でつくったもの(難波宮大極殿の柱をもじってる?)

どうよ?ラングドン君。
もっと謎があるの? これじゃ1点かな。ちょーだい! 1点


 そうです、その通り! やったねのりぴー。
 大阪歴史博物館は難波宮跡の北西対面、NHKの隣にあるゴージャスな建物。その南側の広場にこの丸椅子みたいなのが並んでいるのを見つけたんだねノリグドン。

 
(左)問題の丸椅子   (右)カーブした茶色いビルが大阪歴史博物館、左隅の角張ったビルがNHK

 ただし、これは難波宮の大極殿の柱跡をもじってデザインした広場というわけではない。
 NHKビル建設のためにこの場所を掘ってみたら、この配列どおりに、古代の建物の柱の跡が大量に発見された。写真に写っているのはその一部にすぎん。同じような建物がズラーっと並んでおったのじゃ。
 発掘調査後にそれを埋め戻して広場にしたが、そのとき、柱があった位置にこれらの丸椅子が配された。
 つまり、これらの丸椅子1つ1つの真下に、本物の柱の跡があるという、まあちょっとした粋な計らいの広場というわけじゃ。

 ところが。ところがじゃよノリ愚鈍、失礼、ノリグドン。
 この柱の跡は難波宮跡と目と鼻の間にあるわけだが、じつを言うと難波宮の遺構ではないのじゃよ。
 フフフ。だからきみの予想通り、2ポイントを与えるわけにはいかんのう。ここにはもっと深い謎があるからな。

 ではいったい何の遺構だと思うかね。
 ふっふっふ。謎の続きはまた明日じゃ。

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2006.7.5(水) エチゼンクラゲ

 やあ。まっちゃんです。
 ★今年はマツタケが高騰しそうな雲行き。赤松林の地権者は盗掘への警戒が必要です!
 ★今年の冬はカニはあきらめて、エチゼンクラゲ料理を工夫して楽しんでみよう!

 ・・・だめだ、ミサイル発射に関する低次元な懸念表明というセンを狙ったんだが、どうもうまいのが思いつかん。第一、マツタケもカニも買ったことないし。

 しかしまあ、不気味で不愉快ながらもそれなりに安定していたアチラの情勢がもし急変するとなると、日本も大きな影響を受けることは間違いない。憲法も変わるかもしれんな。
 このあとどう展開するのかわからんが、今後の数年間は、60年間の平和で日本がどれくらい成熟したオトナの対応ができるようになったかが試されるという面もあるだろう。たとえばエチゼンクラゲを酒蒸しにしてみるとか・・・。

 ・・・だめだ、うまく落とせない。朝鮮半島問題で笑いを取るのは難しいな。

 そんな緊迫した情勢の中、クイドルまっきゃんから、めぐりん大関宛てのメッセージが届いている。

めぐたん。
いや、敢えてめぐっぺと呼ばせて下さい(いや、どっちも違うから。めぐりんだから。)
さーすーが〜大関。 人間がでけておらしゃる。
ああん
めぐたんありがとう
これで闇の地理帝王・松本っちゃんと闘える経験値まであと一歩!
……はっ! でもめぐたんの方が経験値高いのか。
んー
じゃあ松本っちゃんの事、お願いねー
意味無く「美佐子さん(誰)お茶お願いねー」の舅テンションで言ってみました。
いやいやいや
力を合わせて地理バカを倒しましょう!

ところでクイドルって、新種の鳥の名前みたい。
フルーツしか食べないの
そんで果物をハヤニエしたりすんの
やーん
可愛くて怖ーい




 ・・・仲良しになれそうで、よかったな。

 ひとことだけ、言わせてもらう。






出版社のHPで交換日記、すな。






 たしかに出版社のホームページを銭湯紹介メインの個人的趣味ページにしたのは俺の責任だが、だからって何でも許されると思うなよ。第一ここは俺の日誌を書くところだ。何が悲しゅうて「めぐっぺと呼ばせて」なんちゅーヨタメールを自分の日誌にコピー&ペーストせんならんのだ43歳にもなって俺。
 交換日記は自分らのブログかどっかで勝手にやらんかい。(めぐりんブログ) (まっきゃんブログ)

 さてと。ちゃんとした旅先当てクイズへの回答に行きましょう。

 (ぽん)
あれ、まだパーフェクト出てませんか。
インリン様、否、めぐりん様の解答がヒントになるとすると、
(左写真)円柱突起のある広場は、難波宮公園内で、宮の何らかの建築物の柱跡を、円柱状の突起物で再現してあるもの、だと思いますが、何の建物かはわかりません。
(右写真)田圃の風景は、住吉神社内の御田でしょう。渡来系弥生人にとっては田圃は命のようなもので、神事にもなるのでしょう。天皇君もそんな儀式をしますね。
ということで、先生はやはり今回も古代史研究の一環だったと存じます。


 (てっちゃん)
右写真は、住吉大社の一部ということは、御田植神事が行われたばかりの御田と見ました!

 さすが。お二人とも右写真は正解、1ポイントずつゲットォ!

 これ正解です。無農薬でカブトエビうじゃうじゃ

 大阪の街なかにあるような不自然な田んぼは、特別な田んぼに決まっています。住吉大社の御神田、毎年6月17日に御田植神事というものを行う田んぼでございます。
 この神事の起源がまた大昔すぎてワケわかりませんが、神功皇后なる女性が九州から田植え娘を呼んだのがはじまりとの言い伝えでございます。

 この神功皇后つー人がまた、古代史の謎の人物ベストスリーに入る女性ね。あまりに特異なエピソード(臨月のデカ腹かかえて新羅征伐など)から、多くの歴史学者が「架空の人物」と考えているが、もし実在したとしたら3〜5世紀のどっか。日本書紀は脚注でこの人を邪馬台国のヒミコに同定しているわけですが。

 まあ俺もいちおうニワカ古代史ファンとして、神功皇后にはちょっと興味を持っている。
 神功皇后は、越前の敦賀→九州→新羅→九州→畿内と移動したとされる。だがこの移動ルートは、ヒメコソ(新羅から来た女性、九州と大阪で祀られる)やツヌガアラシト(ヒメコソを追って越前の敦賀に上陸した新羅王子、九州や近畿で祀られる)とことごとく重なっている。
 もうバリバリ朝鮮半島からの渡来人1世、あんたヒメコソさんでしょ、としか思えない。
 ついでに香春岳で「新羅国神」として祀られる辛国息長大姫もアンタでしょと。だって神功皇后の本名が「息長タラシヒメ」だし。

 でその神功皇后と住吉の関係がまた最高に怪しい。
 住吉大社の伝承によると、神功皇后の夫である仲哀天皇が九州にクマソ退治に来たところ、海の神である住吉神から「新羅征伐せよ」とのお告げがあった。だが仲哀がそれを拒否したとたん、彼は謎の急死を遂げる。するとその夜、仲哀の妻である神功皇后と住吉神が「夫婦の秘め事」をした、とあるそうな。
 何やってんのよ神功皇后、そしてあなたいったい誰ぁれ住吉さん。
 んでその十月後に応神天皇が生まれたちゅうことだが、誰の子やねん・・・。

 神功皇后は応神天皇を連れて船で畿内へ戻るが、それをきらったヤマトの王族が大阪湾で抗戦。神功皇后は湾岸で住吉神にお伺いを立てつつ戦い(わが東灘区の住吉神社もその名残り)、晴れて勝利して大阪に上陸し、今の場所に住吉大社を祀ったと。
 まあそんな神功皇后ゆかりの神事が残る、住吉さんの怪し〜い田んぼなのね。

 ついでにその後の話もちょっとだけ。
 6世紀のはじめごろに、天皇家の跡継ぎがみな死んじゃった。で必死になって血筋をひく人を探し回ったところ、応神天皇の「5世孫」を名乗るオオド王というおじさんが越前にいらっしゃるのがわかったんだと。
 そのオオドおじさん、大和へ招かれたはずがなぜか大阪や京都でウロウロしてて、20年も大和に入れなかった。そのくせ、九州筑紫最後の王権・イワイ(新羅と国交があった)を攻め滅ぼしたり、朝鮮半島に干渉したりしている。
 これを、越前オオド王によるヤマト征服と見る説もあるが、ともかくこのオオドおじさんこと継体天皇の子孫が、今の天皇家つーことね。

 それにしても、越前と九州と新羅と畿内をぐるぐる、同じようなことを繰り返してます。

 九州と新羅は近いけど、越前は離れてるのにフシギねえ・・・と思いますか。思いましたね。うん、思った。
 さあ、ここで最初のエチゼンクラゲの話に戻りましょう。ははは。やっとうまく落とせそうじゃわい。

 そうです。
 エチゼンクラゲは対馬海流に乗って、九州と朝鮮半島の間から越前へと流れてくるのです。
 日本海はそういう潮の流れになっているのです。

 越前の5世紀の古墳からは、朝鮮半島にしかない金メッキの王様の冠が出ています。つまり越前の王様は朝鮮半島の王冠をかぶっていたのです。ということは・・・。

 ちなみにエチゼンクラゲ、日本海に入る前は東シナ海を漂っています。
 東シナ海。そこに流れ込む大河・揚子江の沿岸で稲作は生まれたのですね。

 いかがでしょう、「日本人=エチゼンクラゲ」説。これが言いたかった。
 日本海をプカプカ漂うエチゼンクラゲは、日本の歴史の体現者だったのです。

 古代史のいいかげんなウンチクに夢中になって忘れてた。
 左写真に対するぽん横綱の答え、惜しいけど間違いです。でも「建築物の柱跡を、円柱状の突起物で再現してあるもの」は正解なので、0.5ポイントさしあげましょう。
 なかなか出まへんな。このさい、これをズバリ当てた方には2ポイントさしあげましょう。お答えはこちらへ

 これです

 あ、もひとつ忘れてた。まっきゃんの回答。

写真・右はね
墓の横にあるマンションの近くじゃよ。
元同僚のカーノちゃんが住んでたんだ。
そんなん知らんがな?
だまらっしゃい!
墓があるんだ、墓が唐突に!←本当よ

写真・左はね
阪大のキャンパスにある「座りコンクリ」だ。
どういうわけか何人もの阪大生が、このコンクリに救われているのだ。
松本っちゃんも世話になった事があるのじゃろう
ああ、みなまで言いますまい


 ・・・あっそ。

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2006.7.4(火) クイズのアイドル略してクイドル

 やあ。まっちゃんです。
 ヒデもやめたし、俺もやめようか、いさぎよく。



 ・・・で、何をやめようかな。旅先当てクイズでもやめるか。

 いや、そうもいかん。
 めぐりん大関から、一昨日のまっきゃんの回答擁護のメールが届いた。

1994年発行の大阪の道路地図を見ましたところ、確かに職安はあったようです。
現在はないのも事実。
松本先生は太極殿を南側から撮ったものと思われますが、昔ならこの写真の右奥に、職安の建物がしっかり写ったものと思われます。
まっきゃんはここがどこなのかちゃんとわかっておられるようですよ〜。ただ、名前が出てこないだけなのよね。
松本先生、まっきゃんファンからお願いです。0.5点さしあげましょうよ〜。


 そして証拠画像を添付してこられた。

 

 ふむ。たしかに職安があるな。
 大関はまっきゃんのファンらしい。こんなメッセージも書いておられる。

まっきゃんおもろすぎる!!
どこの掲示板とかでもそうだけど、こういったアイドルが一人おられると最高に楽しいのよね―ん
しかも、松本先生と漫才のできる人ってそうそういないと思いますよ。
これからも、その調子で明るく盛り上げてください。


 命拾いしたな、まっきゃん。そぅーら、大関に免じて0.5ポイントだ。よかったな。

 のりぴーからはこんなクレームが寄せられた。

ま・・まっちゃん!早すぎるよ〜〜正解出すの。せめて2日位待ってよ。

 あーそーか、それもそやな。これまで解答までの日にちは、そのときの気分で決めてたからね。
 よし、次回からは最低48時間は待つことにします。

 で、残った2枚の写真に対する、のりぴーさんの答え。

  この2枚

 (のりぴー)
扇町公園(左)
住吉大社の一部を外から眺めて(右)

 左、残念。扇町公園ではありません。この丸椅子みたいなものは、たんなる公園の遊具や丸椅子なんかではない。この配列には特別な意味があるのだよラングドン。
 右は、たしかに住吉大社の一部を外から眺めたところ。だからまあ正解ではあるが・・・やや不満じゃのう。0.5ポイントだけにさせてもらおうかの。

 上記2枚について、俺を満足させる答えをくれた人には各1ポイントずつあげましょう。お答えはこちらへ

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2006.7.2(日) 考える岩

 やあ。まっちゃんです。
 朝方ドバーっと降ったけど10時前には止んだので、丘と蛙岩へ行った。

 蛙岩はJR甲南山手駅から北へ徒歩45分ほど登った尾根筋にある、ユニークな表情の岩。トップページの写真を見てちょ。「うーむ、うーむ」とかなりの難問について熟考されておるようです。
 この悩める頭のてっぺんに登り、おにぎりを食った。

 蛙岩から南東へ15分ほど下った尾根には、約2000年ほど昔のムラの跡、会下山(えげやま)遺跡がある。弥生中期の高地性集落だ。

 
(左)復元された高床式倉庫   (右)こんな竪穴式住居跡が6〜7棟分。40人ほどが暮らしたと推定されている

 東灘区周辺って、じつは遺跡の宝庫だ。
 阪急岡本駅から北へ徒歩30分の保久良神社には古代の岩座祭祀場跡みたいなのがあるし、JR住吉駅南のシーア駐車場の地下には前期マキムク型のホタテ貝型古墳が眠ってたりする。「東灘ヤマタイ国説」までおまっせ。
 六甲山南麓から明石あたりにかけての海岸線は、吉備・出雲とヤマトをつなぐ重要地域だったのね、たぶん。

 さてと。昨日のクイズの答え。

 (まっきゃん)
今回は楽勝よ〜ん
だって大阪だもーん
上右写真のとこは行った事あるもーん
職安の横やろ
遠くに大阪城が見えてるし。
あと分かんない
オーキャットの近くかな
写真上左は読売テレビの近くで見た気もする
ああ、どれも見た気がする
うふふ
うふふふ
大阪人だけど地方外適用・その他諸々適用で12ポイントくらいくれくれ


 ・・・ま、大阪市は正解。東京にご在住なので倍付けの2ポイントあげましょう。
 でも「職安の横やろ」てそれ何や。写真の説明になっとらん。仕方がないから「大阪市 ハローワーク」で検索したがな手間かけさせやがって。
 でも職安なんか、この写真の横にはおまへんで。キミが失業保険だけをもらいに行った頃にはあったのかもしれんが、今はない。某美容外科女医の1/10000の時給を誇るこの俺に無駄働きをさせたな。1ポイント減点だ。
 他のゴチャゴチャも全部違う。しかも今回は一番乗りではなかったので、まっきゃん限定ポイントもやらん。

 一番乗りは大関でした。

 (めぐりん)
大阪市ですな。大阪市と言っても広いからなあ・・・
写真見てわかったものだけお答えします。

上右;難波宮跡の大極殿基壇
下左;阪堺電車の住吉駅の、上町線と交差するところでしょう。

・・・3点ください。


 はいさすがその通り、3ポイントゲットォォーー!

 あとの2つがわかる人はおらんかな? 2つはそれぞれ、めぐりん様の正解がヒントだよ。お答えはこちらへ

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2006.7.1(土) しめってますな〜

 やあ。まっちゃんです。
 夕食後、近所のガキども連れて河原で花火をしていてフト気づいたのだが、今日から7月だったのですね。
 5月末に九州へ行ったきり、6月はついにどこへも遠出せずじまいに終わった。さして忙しかったわけでもないのだが、なんとなく・・・こんなの久しぶり。
 どうりでこのごろ旅の虫がうずいて仕方がないと思ったよ。

 あ、そういや先週、日帰りでちょっとだけウロついたっけ。ここんとこクイズもごぶさただし、いっちょ行っときますか。
 下の写真はすべて同じ市町村です。さて、どこでしょう。
 市町村名がわかったら1ポイント、写真説明ができたら各1ポイント。地方外の人はいつものように2倍です。今回はノーヒントでね。お答えはこちらへどーぞ!

  

  

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