編骨日誌 (下へ行くほど日付が古くなります)
2006.10.29(日) いいお産の日
やあ。まっちゃんです。
今日はこの集会で本売り。毎年お邪魔しているが、今年は産科医療の崩壊がさかんに報道されて危機感を感じている妊婦が多いのか、例年になく盛況だった。
最近のお産イベントの目玉は、従来の出産劇に加えて「授乳ショー」と「スリングショー」。
「授乳ショー」は文字通り観客の前で赤ちゃんに母乳を飲ませるショー。数年前に日本にもモーハウスという授乳服メーカーができ、おっぱいをほとんど出さずに母乳をあげられるおしゃれな服が開発されている。
「スリングショー」は、赤ちゃんをだっこするための布(スリング)のファッションショー。ベビー用品メーカーのおんぶひもより、一枚の布で赤ちゃんを持ち運ぶおしゃれなスリングが今やトレンドだ。
ともに、子育てを楽しむための魅力的なツールとして好ましい。
だがもちろん問題の焦点は「子どもをどこで産むか」ということであることに変わりはなく、しかもそれはかつてないほど深刻化していて、もはや「出産クラッシュ」と言いたいほどだ。
産み場所不足が深刻化するのにともなって、拠点病院に出産がますます集中する。1ヵ所の病院で集中的に大量のお産をこなさなければならないということは、すなわち医学的に必要のない人にまで陣痛促進剤が使いまくられるであろうことをも意味する。そしてその危険な薬を使われている何人もの産婦の分娩経過を、限られたスタッフが同時に観察しなければならないであろうことをも意味する。それは母体・胎児のリスク上昇とほとんどイコールだ。
だが、産み場所がないのだから贅沢は言えないということなのか、もはや産科の問題としては陣痛促進剤のことがあまり話題に上らなくなりつつある。よくない傾向だ。
今さら産科医は増えない。解決方法はただ一つ。正常産を助産師が受け持ち、医師の役割をハイリスクと異常時対応とする。
その体制づくりを国策として早急に進める必要がある。まずは、助産師を総合病院の一般病棟で看護スタッフとして働かせるような馬鹿げた人事を見直し、助産師らに適切な研修の場を提供することから始めるべきだろう。
最近まじめな文章をほとんど書いてないので、なんか変な感じだな、俺。ははは・・・。
2006.10.28(土) 無風
やあ。まっちゃんです。世間をナメたように無風で晴れ渡る、のっぺりした気圧配置の秋晴れ。
丘の中学の文化祭をまりもと見に行き、そのあと本屋へ行ったりして一日子守りに終始した。
2006.10.27(金) 顔面遊戯
やあ。まっちゃんです。
イギリスでもうすぐ「顔面全部移植」の手術が行なわれると今日の新聞にあったが、やっぱりこれって「脳死状態」の人の顔をベリベリっと削ぎ落としてレシピエントの顔にそのままベチャっと貼り付けるんだろうか。それともいろんな人からバラバラに切り取った鼻や目や口を福笑いのように貼り合せるんだろうか。
どっちにしても、もうムチャクチャ。
いずれ美容整形にもこの技術が導入されることになるかもしれない。石井政之氏の仕事が増えそうだ。
べつにとくに取り立ててこれといって書くこともないので、トップページの写真でも入れ替えようかなと思ってよく見ると、タイトルまわりと写真の色合いがドンピシャなことに今、気づいた。これを消すのはちょっと惜しい気もする。
ま、今日はとりあえず寝よう。
2006.10.24(火) 西のほう
やあ。まっちゃんです。
暑くもなくて寒くもないんですよ。ははは。ワンダフル日本列島。
だから夕方の待ち合わせまで時間が空いたので、というか空けて、というかサボって、また3時間ほど山へ。
布引谷より西のエリアは全山縦走路しか歩いたことがなかったので、元町から大師道を通って再度山(ふたたびさん)まで行ってみた。
大師道あたりの六甲山は思い切りのどかな里山風景で、あの大地震を引き起こした山とは思えないユルさだ。しかし植生が表六甲の他地域とはかなり違う。一般に表六甲では、木材収奪によるハゲ山を戦後再生させたためにマツ・ヤシャブシ・ニセアカシアなどのやせ地植物が目立つが、この一帯には照葉樹林の極相としてのシイ・カシ林が鬱蒼と茂っている。神戸の中心地に最も近いエリアだけど、伐採されなかったのかな?
帰りは大師道の西の尾根を通ったが、こちらは防火線として尾根筋の森も笹も刈り払われ、カナダ東部かニューイングランド地方の山を歩いているような錯覚を覚える(どっちも行ったことないが)、さわやかな道だった。アップダウンが激しいけど、なかなか気に入った。六甲は西のほうもいいねぇ。
(左)大竜寺の裏から再度山に登る途中、大岩に祀られた「大杉天狗」に謎の少女が! (右)少女拡大

(左)防火尾根、まるでバーモント州(行ったことないけど) (右)同、まるでケベック州(行ったことないけど)

(左)最後のピークを越えるとメリケン波止場が正面に見える (右)拾ったどんぐり、左からアラカシ、スダジイ、マテバシイ
2006.10.23(月) 日本の秋と東南アジア
やあ。まっちゃんです。
とーなん アジアは とってもいいとこ〜♪
やっと「チャンピオン」の呪縛から逃れたと思ったら、今度はこれだよまったく・・・。昨日はこの1フレーズ(前夜の「エンタの神様」に出てきた)に終始つきまとわれながらの六甲山だった。
午前10時前に出発して八幡谷から打越峠を越え、五助山のヤブ道を主稜の縦走路まで登りつめるのに3時間。
いったん裏六甲の紅葉谷を下り、有馬まであと20分たらずのところでUターンして今度は白石谷を登り、最高峰頂上に出るのにまた3時間。
さらに黒岩谷西尾根から東おたふく山・風吹岩と下るが例によって魚屋道西尾根で日が暮れ、真っ暗な中を甲南山手の森温泉にたどりつくのに2時間。
背丈を越えるヤブ、紅葉の始まった美しい渓谷、木の根をつかんではい上がる急斜面、風化の進んだ危険な岩稜、広々とした草原など、バラエティに富んだハードな行程だ。その豊かな自然の中を丸一日歩きながら、頭の中ではずーっと、
とーなん アジアは とってもいいとこ〜♪
いくつもの滝や砂防ダムを越えたものの最後の詰めで踏み跡を失った白石谷の源頭では、現在地も判然としないまま力まかせに激しくヤブを漕いだあげく、思いがけずポンと「六甲山最高峰931・3m」の標柱の真裏に出た。その瞬間に精魂尽き果て、山頂の芝生に倒れこんで大の字になって、青空を仰いだままアンパンを口に運ぶ。
流れ行く雲。汗まみれの体をやさしく冷やしてくれる初秋の風。だが、そのときも頭の中では、
とーなん アジアは とってもいいとこ〜♪
俺の趣味、ブチこわし。

(左)五助山への笹薮 with 東南アジア (右)裏六甲紅葉谷の紅葉 with
東南アジア

(左)百間谷の廊下 with 東南アジア (中)白竜滝とイワタバコ群落 with
東南アジア (右)黒岩谷西尾根の下り with 東南アジア
2006.10.20(金) 行事
やあ。まっちゃんです。
秋は学校の行事が多い。今日はまりもの小学校で授業参観。見に来ている父親は俺を含めて2人だった。
明日は丘の中学校で音楽コンクール。来週は文化祭。小学校の音楽会ももうすぐだ。
まあ、そんな日々。
2006.10.19(木) 砂防ダム
やあ。まっちゃんです。
今日もダッシュで仕事を切り上げて、午後から摩耶東谷を攻める。小滝やゴルジュの楽しい谷だが、ラストの源頭斜面がキツイ。地図でも鬼のように等高線がひしめき合っている。このところ涼しくなったのでさほど汗をかかなくなったが、今日は源頭の詰めでダックダクになった。
それにしても六甲山の谷には砂防ダムが多い。昭和13年の大水害以来、急斜面の山を背負った150万都市を守るために徹底的に作られたようだが、そのために昔からの谷道があちこちで寸断されてしまった。摩耶東谷も途中までは滝に打たれるための行場などがあって細道も存在するが、3つ目くらいの砂防ダムからは道はなくなり、物好きなハイカーのかすかな踏み跡をたどる遡行となる。
砂防ダムは谷道の面白みを減退させるヤな存在ではある。しかし砂防ダムにもいろんなのがあって、見ようによってはちょっとおもしろかったりもする。

(左)穴あき式、口からヨダレだら〜っ (右)スリット式、この切れ目を通る
2006.10.18(水) チャンピオン
やあ。まっちゃんです。
そのとき俺の脳は「チャンピオン」に壊されかけていた。
昨日の話だ。
あまりの晴天に我慢ならず、仕事をダッシュで切り上げて午後2時すぎから六甲山系をうろついた。そして夕方に下山し、いつものように水道筋灘温泉で1時間以上くつろいだが、その水風呂に入っているとき、ふいに「チャンピオン」が俺の脳内に降臨したのだ。
じつを言うと、ここ数日ずっと、俺の脳は「チャンピオン」に支配されていた。
きっかけは数日前、どこの店だったろうか。
どこかの店で何かを食っているとき、その店のBGMで流れてきたのが「チャンピオン」だった。
「チャンピオン」は言うまでもなくアリスの往年のヒット曲だが、耳にするのは20年ぶりくらいだろう。
俺は外食時にはたいてい本を読んでいる。その日も古代史関係の文庫本を開いており、BGMなどほとんど耳に入っていなかったはずだ。
しかしこの曲が流れてきたとたん、俺の耳はそのBGMにクギヅケになった。
昔は普通だったが今思えばスゴイ、というようなものにはたまに出くわす。この「チャンピオン」はまさにそれだ。
なんという曲なんだ。ここまで大げさ、いや、ドラマチックな歌だったとは。
まず時代劇+狂言師+暴力団を3で割ったような、ドスの利いた谷村新司の歌唱がすごい。そこにハスキーな堀内孝雄の声がかぶさって、ユニゾン部分では地獄の雄叫びのような、そしてサビでは背筋が寒くなるほど濃厚なハーモニーがこだまする。
また、歌詞の譜割が完璧だ。最近の歌はラップのみならずどれも洋楽メロディーに日本語を乗せるために、単語や文章の本来の区切りが破壊されていて、字幕が出ないと何を言ってるのかわからないものが多い。
しかし「チャンピオン」は、日本語を学ぶ外国人にテキストとして聞かせたいほどの完璧な日本語となっている。
わずか ばかりの 意識の中で
君は 何を 考えたのか
アップテンポでありながら、ほとんど単語ごとに切れ目がある。見事というほかない。
歌詞の内容がまたすごい。
立たないで もうそれで十分だ
おお神よ 彼を 救いたまえ!
お前はいったい何教の信者なのか。
ラストがまたいい。
ロッカー ルームの ベンチできみは
切れた くちびるで そっとつぶやいた
you're King of Kings.(オカマのつぶやき)
あー(谷村の吐息)
ここからだここからがすさまじい。いったん終わりかと思わせながら不死鳥のようにボルテージが蘇って最高潮に達する。
帰れるんだ これでただの男に
帰れるんだ これで、 (シンバルじゃーん)
か・え・れ・る〜んだぁぁ〜〜〜ぉおおおおおおおおおーーーーー、らーいららーいららーいららーいららーい、らーいららーいららーいららーいららーい、らーいららーいららーいららーいららーいららーーーい!
彼らがここまでの高濃度ベタをシラフでやっていること自体に無条件で感動せざるをえない。もう降参、お手上げだ。
それ以来、隙あらばこの「チャンピオン」が俺の脳内BGMとしてダイナミックに鳴り響き、俺の口を借りて勝手に歌いだす状態が続いていた。
そして昨日、山を歩いている時は忘れていたこの歌が、銭湯の水風呂で身を引き締めたとたんにまた鳴り響きはじめた。
この歌は何度繰り返しても色褪せない。そして俺を困惑させる。帽子を目深にかぶって禿頭を隠しながらこの大げさな歌を歌う谷村の顔を思い起こすだけで俺の顔面は変形し、我慢できない爆発的な笑いがアッパーカットのようにこみ上げてくる。
他人のいる場所で思い出すのは危険な歌なのだ。
前置きが長くなったが、話はここからだ。
水風呂で思い出された「チャンピオン」は風呂から出ても俺の脳内を占領し、体を拭き服を着て靴を履いても、さらに夜道を歩いてJR六甲道駅に着いても、まだ俺の顔面を歪め、小さく痙攣させ続けていた。俺はおそらく、口の中で小さく歌い続けていたはずだ。ドスの利いた谷村の声まねで。
俺は駅のホームにいる多くの人の前で自分の精神力が破綻を来たさないよう、必死で「チャンピオン」と闘っていた。
そのため、俺の頭は余裕ゼロの状態だった。
やがて電車は来た。俺の前に止まった車両は意外にも空いていた。
俺は「チャンピオン」とともに電車に乗り、空いていた席に座った。
やがて リングと 拍手の渦が
一人の 男を 飲み込んでいった〜
you're King of Kings. (チャラッ)
だめだ、やばい。顔面のニヤつきを必死で抑え、俺は周囲をすばやく見回す。正面には若い女性が座っている。その隣はおばさんだ。絶対にこんなところで歌ってはダメだし吹き出してもダメだ。
横を見た。女子高の制服だ。反対側はOL・・・
「チャンピオン」に支配された俺の腐れ脳も、ようやくここでピンときた。すばやく目をドア横の黄緑色のステッカーに走らせ、「女性専用車両 平日午後5時〜9時」の時刻を確認する。うは、モロです・・・。
真っ先に思ったことは、「気づかなければよかった」だった。気づかなければ苦しまずに済んだ。
瞬間的に頭をうなだれ、寝たふりをする。いやしかし、さっきまで周囲を見てたくせにいきなり寝たフリをするのは、「私は今この瞬間ここが女性専用車両であることに気づいたオバカサンです」と言っているに等しいのではないか。女性専用車両に乗ってしまったことに気づかない無神経な男よりも、気づいてドギマギしてる小心な男のほうがよっぽど恥ずかしい。
寝たふりをするのはやめ、疲れてうつむいている男のフリに切り替える。
そして薄目で自分の格好をチェックする。最も恐ろしいのは「わざと女性専用車両に乗る変態」と思われることだ。ドロドロの登山靴。風呂上りでバサバサの髪。そして胸に「島らっきょう」、背中に「ガチマヤ〜」と書かれた変なTシャツ・・・。
・・・なんでこんなTシャツ着てるんだよぅ〜。
2分で着くはずの住吉駅は、永遠に遠ざかる。
おお神よ 彼を 救いたまえ・・・。
2006.10.16(月) 人間
やあ。まっちゃんです。
最近のテレビドラマにしては丁寧な作りで、おもしろいじゃないの、のだめカンタービレ。でも竹中直人をあの役で使ったのは失敗だな。上野と竹中が並んだ瞬間、画面がスイングガールズ化して新鮮味がなくなった。
本日もお天道様は絶好の行楽日和を演出されているというのに、狭い部屋の中にこもるのはバチ当たりもいいとこだ。当然ながら仕事に集中などできようはずもない。それが生物学的に正しい神経だろう。
でも遊んでばかりいるわけにもいかないので、歯を食いしばって少しずつ取り組んだ。人間ってやっぱり間違ってる。
2006.10.15(日) バカの壁
やあ。まっちゃんです。
で、1週間音沙汰なしで何をやっとったかというと、業務停止を利用してまた山ばっかり行っとりました、4回ほど。最後には六甲山に飽き足らず、金剛登山300回と50回という2人の女行者に導かれて、高校以来25年ぶりに金剛山に登った。
金剛山は六甲よりずっと植物相が豊かで、空気もおいしかった。
(左)イワタバコやクジャクシダの生い茂る妙見谷 (右)女行者の霊験あらたかな足腰
んで昨日は子どもらを連れて荒地山へ。丘は何度も来ているがまりもは初めてで、岩梯子に大興奮だ。丘は奥高座の迷路の森が気に入った様子。

(左)岩梯子 (右)テーブル岩でヤッホー100連発の2人
そして今日もまた山へ行かざるは人生の損失というような超サワヤカ晴天だったが、残念ながら千里の薬害集会で本売り。
会場のトイレで小用を足しながらフト隣の便器を見ると、養老孟司氏がやはり用を足しておられた。仲良く並んでツレションしながらも、2人の間には厳然たるバカの壁が立ちはだかっているのである(養老氏から見た場合)。
「語らいのベンチ」は「無資格の産科看護婦」への投稿を掲載した。
2006.10.13(金) 復活
やあ。まっちゃんです。
13日の金曜日に蘇る男ここにあり。
この1週間、当日誌および小社ホームページが見れず、メールも届かず、みなさんのストレスは最高潮に達していたことでしょう。
そして、まっちゃんもついに死んだかと思って泣いていた方々、あるいは喜んでいた方々もおられることでしょう。
残念ながら男一匹、万全の体調でドスコイ人生。いや夕べカラオケでハジケたせいで喉が少し痛いな、エホ、エホ。
じつを言うと、1週間前にサーバーのホスティング会社との契約が切れてしまい、sairosha.com
が使えない状態になった。これにはアメリカ・オランダ・シンガポールといった国々にまたがる諸事情が複雑にかかわっているのだが、まあ最大の要因は俺の怠慢ね、ははは。怠慢だけは世界のどこへ行っても通用せんわ。
この間、小社の業務および俺の思考はほとんど停止し、無為の7日間が流れたが、本日ようやく復旧の運びとなった。
ご迷惑をおかけした関係諸機関の方々にお詫びいたします。またメールを通じて小社の出版物をご注文しようとされた方々にも大変ご迷惑をおかけしました。お詫びいたします。
そして、さまざまな方々からご心配や励ましをいただきました。見ず知らずの方から「何かできることはないか」とのお申し出をいただいたりもして、感謝感激でございます。俺ってけっこう愛されてるやん、へへ。
みなさまの愛を胸に精進し、ますますHP作成に邁進してまいりますので、今後とも引き続きご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます夜露死苦。
(7日以降に当方へメールをくださった方、メールはすべて届いておりませんので、大変恐縮ですがもう一度ご送信くださるようお願いいたします。)
2006.10.6(金) 平和
やあ。まっちゃんです。
朝から部屋にこもって、さまざまな業務をこつこつこなす。そして大口注文バーンと来たでハッハッハ。
金曜日はまりもが学童に行かずに編集室へやって来る日。午後4時前、「今日、そと、すごい気持ちいい!」と言いながら、彼女はさわやかな風を連れて入って来た。
それまで一度も外へ出てなかった俺は、ランドセルを下ろした彼女と一緒にすぐ庭に出て、大きな石に腰掛けて清々しい秋の午後をしばらく味わった。
台風が近づいているようで雲の流れは速いが、空気はからっとしていて、まさに快適指数100%。スモモの木の脇で三毛猫が目を細め、じっと日向ぼっこしていた。
10月29日の「いいお産の日・神戸」をイベント欄に掲載した。
2006.10.5(木) 銭湯激減
やあ。まっちゃんです。
雨の中、JR学研都市線で枚方方面まで打ち合わせに行った。
その帰り、京橋で下りて最寄の西末広湯へ行こうとしたら何てこったい、廃業してるじゃねえか。仕方がないので寝屋川を南へ渡り、靴下までぐっしょり濡れながら鴫野湯へと向かう。レトロなプチ銭湯、3年ぶり。まさかここも廃業なんてことはないやろな〜とドキドキしながら行ったら、ちゃんと暖簾がかかっててホッとした。
鴫野湯は330円と安いのが嬉しい。でも雨のせいか最初は貸切で、経営は大丈夫かなーと不安になる。途中から他客が2人ほど来た。
ゆっくり浸かって、また濡れたズボンと靴をはいて京橋駅へと戻る。京橋はわりとよく使うターミナルなんだが、駅の近くの銭湯がなくなったのは痛いなあ。
町の一般銭湯は、原油値上げのあおりをモロに受け、今年に入って猛烈な勢いで廃業しまくっている。タオル1本、仕事帰りにも飲み会の前後にもきれいサッパリとできる安価な銭湯が町のあちこちにあった俺の愛する日本は、もうこの世から消えつつある。
おそらくこういった普通の銭湯には入ったことがないであろう、「美しい国」を唱えるあの男に、夕暮れの街角に「ゆ」の暖簾の揺れる風景の美しさを感じるセンスは期待できまい。
銭湯の激減は、ほんとうにさみしい。俺にとっては、日本に住んでいる意味の半分が失われるのに等しい。
2006.10.4(水) 陽気な深夜
やあ。まっちゃんです。
深夜にならないと仕事に集中できない体質になりつつあるダメな俺。いかんなあ。これをやると翌日の昼間にグーグー寝てしまう。
それに、夜中に起きてたら小腹が空いて、つい油っこいおやつを食ってしまったりもするし・・・ああ、それでか。こんだけしょっちゅう山を歩き回っているにもかかわらず、下腹に巻きついた醜悪なる肉ベルトがチイトモ痩せていかない理由はそれだったんだなメイビー。
朝、早起きしてガーッとできたら一気に進むような気がする。きっとそうに違いない。早起きは三文の得と言うじゃないか昔から。
だが、もしもだ。せっかく早起したのにガーッとできなかった場合、三文の損ってことになるのだろうか。ああこんなことなら寝ずにがんばっとけばよかったと後悔することには・・・
つまらない逃げ道探しはやめろこのダーメン星人め。
よし、今夜はもう遅いから明朝は無理として、あさってから早寝早起きだ。絶対そうする。オンドリよりも正確なドンピシャ7時起き人間になってご近所のオバサンたちに「いいお天気ですね」などと笑顔を振りまきながら道端の草などむしりつつ牛乳の1本も盗んで一気飲みしてやるんだそして大口開けて歌うんだヤーーッホォーー、ホォートランランラン、ヤッホッホォートランランラン、ヤッホッホー、トー、ラン、ラン、ラン、
ヤ ッ ホ ッ ホ ♪
今、「なにこれ」と思ったね。思ったでしょう。俺は知っているんだよ。ヤッホッホ!
2006.10.1(日) 岩
やあ。まっちゃんです。
なんと、もう10月か。9月はどこへも行かなかったな・・・。
今日はまりもの運動会だったが、途中で雨が本降りになり、午前の部だけで中止になった。午後の部は火曜日に延期。
それでも、小学校の運動会のほうが中学校の体育大会よりも、ずっとおもしろかった。
中学校は行進や応援の規律はとれているが、競技自体はあっという間に終わる。小学校は逆に、入場なんかはテキトーだが、競技では子どもらが砂まみれになって奮闘するさまをたっぷり見せてくれる。
ま、中学校はプログラム4つしか見てへんのだが。
思い返せば、丘が小学生になって初めての運動会のとき、「小学校の運動会は保育所の運動会よりずっとつまらない」と当日誌に書いた記憶がある。
だとすると、保育所→小学校→中学校と順に、運動会がつまらなくなっていくという法則があるのかもしれない。
まてよ。考えたら、保育所→小学校→中学校と順に、子ども自体のカワイサが確実に減少していってるよな。単にそれだけのことなのかもしれん。
いずれにせよ、今回だけで結論は出せないな。来年は中学校の体育大会を全部じっくり見るよう努力しよう。
棒引き合戦、中学校の棒倒しより数倍おもしろかった
昨日は丘と近所の荒地山へ。震災で登山道が荒れた道畦谷北尾根を登る。登るにつれ、尾根は狭く、木々は小さく、逆に岩は大きくなる。丘は「なんか変な感じ。自分が小さくなったみたい」と言う。
荒地山を南へ越えて、とっておきの場所、テーブル岩でおにぎりを食う。谷間に突き出した見事に四角いまっ平らな岩だが、これも震災の落とし子らしい。一般登山道からは見えない。ここで丘は食後に熟睡。

(左)テーブル岩 (右)寝た丘を置いて岩場を登り、見下ろすとキワドイ位置へ寝返りしてる・・・あと1回で墜落だぞ!
ここで寝ころんでいると、真上からはボルダリング(道具使用の巨石登り)を楽しむ青年らの笑い声、右側からは一般道の岩梯子を登る子どもらの笑い声、そして左からはオバサンたちの笑い声・・・なぬ? 左側って、まともな道もない岩場だぞ。
びっくりして見ていたら、ヘルメットをかぶって腰にカラビナをジャラジャラつけたオバサン集団がにぎやかに登ってきた。どう見ても50代後半、総勢7〜8名。すげー、日本の高齢化社会はここまで来たか。
とにかく、子どもからオバサンまでみんなとても楽しそうだ。岩場のスリルはみんなを童心に返らせる。
ちなみに俺は岩登りというジャンルはまったくやらないが(道具の購入・持参・技術習得などを考えるだけでパス)、岩場を素手で登るのは大好き。ただし、フリークライミングみたいにそれ自体を競技的に楽しむことには興味が持てない。あくまで山旅の一行程として難所を乗り越えるというシチュエーションで胸がときめくんです。
いずれにせよ、岩場にいる人はなぜかみな笑顔だ。
ロックガーデンの代表的ゲレンデ、キャッスルウォールには珍しく誰もいなかった
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