編骨日誌 (下へ行くほど日付が古くなります)
2007.3.25(日) 来月までごきげんよう
やあ。まっちゃんです。
はー、しばらくバタバタしたけど、ようやく明日の朝から下記のごとくにござります。
| 臨時休業のお知らせ 2007年3月26日(月)〜4月2日(月)の8日間、臨時休業いたします。 この間にいただいたご注文につきましては、 4月2日(月)の夜にご確認メールを送信し、翌4月3日(火)に発送いたします。 到着はその翌日か翌々日になる見込みです。 ご了承ください。 |
年度末から年度始めにかけて休んでやる。一般社会の常識に挑戦するグレートジャーニーだ。ははははは。しかも今回は息子・丘との二人旅。帰ってきたらまたいつものやつブチかましてあげるからね。
あ、そういや先週、1回だけ出かけたのだった。その旅先当て(とは?)を俺が帰ってくるまでの宿題クイズとさせていただこうかな。下のA市(写真2枚)、B市(写真2枚)はどこでしょう?
(A市)ヒント:鍵

(B市)ヒント:C×C×C×C×C

A市、B市の名前がわかったらそれぞれ2ポイント、4枚の写真を説明できたら各2ポイント。全部正解すると12ポイントで、三役以外で地方外の場合は倍の24ポイント。
今回は減点ルール(三役以上)および休場ルール(十両以上)が適用されるからね! お答えはこちらへ。期限は4月2日の夜10時です。
そや、ついでに明日からの旅先も予想していただこうかな。こちらは減点・休場ルールの適用なしで、予想してくれた人にはもれなくお情けポイント0.5を差し上げましょう。そして回答のバッチリ度に応じて、1ポイント(微妙にかすってなくもない)〜100ポイント(お前は俺か!)を差し上げます。予想はこちらへ。
では善良なる労働者諸君。よき年度末・年度始めを迎えたまへ。ウヒヒ〜。
「語らいのベンチ」は「予防接種」への投稿を掲載した。
2007.3.21(水) 厚生労働省と天気予報
やあ。まっちゃんです。祝日というのに仕事だ。
タミフル、やっとこさ10代への投与が禁止された(一部条件付きだが)。因果関係を否定し続けていた厚生労働省も、さすがに「これはヤバイぞぉ・・・」と時期を探っていたのだろう。
なぜ今日の時点での措置なのかということについて、NPOJIPの浜六郎氏は「タミフル裁判で被害者の証人尋問の日が迫っており、それとの関連では」と語っておられた。つまり被害者の赤裸々な裁判証言が大きく報道されると「厚生省は何やってるんだ!」との声がますます強まり、そのあとで使用中止措置を出すのではあまりにカッコ悪いと。
それもあるかもしれないが、俺としては「厚生労働省は天気予報を見て決めた」と見立てておこう。
厚生労働省は、少なくとも昨年11月の段階で禁止措置をすべきだった。だが製薬メーカーが「せめて今冬のインフルシーズンだけでも売り切らせろ」とゴネたのでズルズルと引き伸ばし、昨日の天気予報でこの冬最後の寒波が終わるのを確認して、禁止措置を出した。
つまり今冬のインフルはもう終わりだろうから、タミフルを禁止してもさして売り上げには響かないとの判断。製薬メーカーはこれだけの被害が出る中、厚生労働省の保護の下できっちり「売り切った」。なんせ湯水のごとく使いまくられている薬だから、措置を1日遅らせるだけでも莫大な売り上げだろうからなあ。
以上はあくまで俺の勘にすぎない。でもどうせそういうようなことでしょう?
ところで浜氏は、今回の措置の内容では被害はあまり減らないと予想している。なぜなら10代への投与禁止というのは「異常行動による転落死」というインパクトの強い被害にだけ着目したものだが、実際にはそれ以外の年齢層での呼吸停止などによる「突然死」のほうが多いからだ。
こんな薬は全面禁止するほかない。どうせ熱を1日早く下げる程度の効果しかないんだから。それどころか逆に、投薬中止後に悪化する確率が高まることがプラセボとの比較試験で確かめられているそうな。
第一、熱を下げるだけならバファリンで間に合う。
いずれにせよ、被害の背景には、インフルみたいな寝てりゃ治る軽い病気(虚弱老人などを除いて)でいちいち病院へ行く患者と、それに対していちいちタミフルを処方し続けた思考停止の医師たちの存在がある。
タミフルなんて数年前には存在しなかったのに、いつしか「インフルにはタミフルを飲まねばならない」ということになっちゃったのね。それも、あっという間に。
それが、「インフルエンザは風邪じゃない」という大宣伝によって作り出された美しい国民の姿だ。
大宣伝によって医療機関には患者が押し寄せ、タミフルと検査キットは売れに売れた。やがてタミフルは市場から消え、あとには被害者だけが残される。
庶民はいつの時代も宣伝によって踊らされる。とすると、宣伝に加担したマスコミの責任も重大だ。
そろそろ薬害におけるマスコミの責任も何らかのかたちで問われなければならんだろう。
みろ。春の祝日に仕事なんかしてるから、こんなボヤキばっかりになっちまった。この責任は誰がとってくれるんだ。
・・・あれ? 俺も踊らされてるんかな?
約半年ぶりに「ゆうこのささがなる日記」復活。
2007.3.19(月) 多忙で多忘
やあ。まっちゃんです。
あれこれいろんなことが詰まって、依然としてばたばた。しかもあんまりスッキリしないばたばた。考えなければならんことが多いという状況は最近あんまりないので、どれも大事なのにどれかを忘れてしまいそうな恐怖を感じる。
この日誌に書こうかなと思うようなことに出会っても、夜になると忘れているので何もないや。
もともと乏しい記憶力がさらに減退しているかもしれない。
旅が必要だ。
2007.3.16(金) 停滞気味
やあ。まっちゃんです。なんかばたばたしてる間にもう週末か。
クイズが減点方式になってから、知らない間に出されてちゃかなわん! とちょくちょく覗いてるんだけど・・・ま〜だ?
とこのようなメールもいただいているが、18きっぷシーズンが始まってだいぶ経つというのに、まだどこにも行けてない。
そして息子の丘は3学期もあと数日で終わりというところで体調を崩し、2日連続で学校を休んでいる。
編集室の庭のスモモはほぼ満開だが、今夜は寒の戻りで冷たい風が吹いている。
そんな停滞気味の日々ではあるが、旅の準備は密かに進めているからね、うふふ。お楽しみに。
2007.3.12(月) 申告済
やあ。まっちゃんです。
やる気のカケラもない粉状の脳味噌をぎゅうぎゅう絞って、全業務中もっとも面白くない仕事(確定申告)を済ませたぞ。3ヵ月遅れの棚卸から始まる厳しい道のりだった。ベッキーの納税ポスターにけっこう励まされた。
2007.3.10(土) つまらない初恋の話
やあ。まっちゃんです。
今日はちょっと用事があって寝屋川の実家へ帰った。
寝屋川というところは俺の生まれ故郷だが、大阪近郊の何のとりえもないくたびれたベッドタウンで、街としての面白みはほとんどない。しかも住宅開発によって子どもの頃とは様相が一変しているから、懐かしさを感じることすら困難だ。
そのせいで、年老いた父親が一人暮らししているというのに積極的に足を向けたいという気持ちになかなかなれず、親不孝を重ねている。
京阪電車の寝屋川市駅は高架化されて小奇麗で便利になったが、駅を出ると俺はいつも奇妙な具合に少し気分が低調になってくる。
この気分の降下は何だろうか。故郷というものに対して人間が持つ複雑な感情の反映だろうかとも考えたが、結局ひとことで言うと、俺はこういった町が好きではないのだなと思った。寝屋川のような、とりあえず地表に人間が大まかに乗っかっているだけのような味気ない土地を歩くと、俺はなんとはなしに気分が澱んでくるのを感じてしまう。
俺の実家は寝屋川市駅と香里園駅の中間あたりにある。帰りは気分を変えて香里園駅へ歩いてみた。
かつて下町をびっしり覆い尽くしていた文化住宅群は、そのまま上に伸びて1軒ずつ切れ目を入れたような3階建て住宅群となって、やはり下町を覆い尽していた。ときどき思い出したように古い文化住宅が残っていて、2階の手すりには覇気のない「入居者募集中」の看板が貼り付けられている。
そんな中、かつて通った小学校と中学校だけが昔とほとんど変わらぬ姿で、今もなお小学校と中学校として使われているのが不思議な感じがした。中学校では土曜日だというのにブラスバンドが熱心に練習している。
中学校のすぐ北にはS湯という銭湯があった。おととしの大晦日、俺は実家へ帰る途中に前を通りかかり、懐かしさのあまり30年ぶりにその湯に浸かった。
だが今日前を通りかかると、そこにS湯はなく、タイルの破片のちらばった更地に「住宅用地販売中」の立て看板がぽつんと立っているだけだった。
30年前、俺は中学生だった。その日はタカハシという友人といっしょだった。実家の近くの初島温泉にはよく行ったがS湯に入ったことはなかった。その日どういういきさつでS湯に入ることになったのかは覚えていない。たしかタカハシの家でタオルを借りたような気がする。
S湯には娘がいた。俺と同年で、小学校からたびたび同じクラスになった。明るく活発、を絵に描いたような子で、俺は遠慮なく彼女のスカートをめくっては頭を景気よくはたかれていた。中学校になると彼女はテニス部で活躍するようになった。
タカハシとともに暖簾をくぐると、その彼女が番台に座っていた。彼女は俺たちの顔を見た瞬間、大きな目を見開いて耳までパッと真っ赤になり、次の瞬間には弦が切れたようにガタッと番台を飛び出したかと思うと2階への階段を猛スピードで駆け上がっていった。
彼女が俺を好いていたことはわかっていた。のちに彼女の友人たちが「松本君はどう思ってんの?」と聞きに来たこともあった。そして俺も彼女には好感を持っていた。はじけるように元気な彼女といる場は楽しかった。
だが中学当時、異性とのコミュニケーション能力を完膚なきまでに喪失していた俺は、彼女の好意に気付けば気付くほど、仲が良かったはずの彼女と口がきけなくなっていった。いや、近寄ることすらできなくなり、彼女の前ではいつも怒ったような顔をするという極端な状況に陥っていった。
そのまま彼女とは別々の高校へ行った。
その後の消息は知らないが、何の面白みも郷愁も感じられないわが故郷にあって、S湯の存在はなんとなく俺の心の隅のほうを少しだけほっこりとさせてくれていたような気がする。そして、もう一度入りたいものだとの思いが小さく、妙に粘り強く残っていた。
おととしの大晦日に訪れたときは、番台に彼女が座っていることを期待したわけではない。むしろ俺は彼女が座っていないことを期待していた。いや正直どうだったかな・・・しかし思春期の想い出などそのままにしておくほうがいいに決まっている。そんな躊躇もあって、何百ヵ所も銭湯をまわるようになってからもS湯には入らないままだったのだ。
30年後のS湯の番台にはおかみさんが座っていた。もしかしたら彼女の母親かもしれない。30年の時を経て、中学生だった彼女がそのまま番台に座っているはずもない。いくぶんホッとしつつも、おかみさんにその面影を探してしまう軟弱な俺だった。
そしていつになく微妙に緊張しながら裸になり、徹底的に長湯した。湯上がりの脱衣所では、かかっていたテレビで紅白を見た。マツケンサンバがすんだところで、おかみさんに「おおきに」と言って帰った。
S湯跡の更地に立って、そんな俺のつまらない感傷のようなことも全部終わったんだな、とぼんやり思った。とその瞬間ふいに、俺の息子の丘が30年前の俺と同じ歳になっているのだということに気がついた。
「語らいのベンチ」は「無資格の産科看護婦」への投稿を掲載した。
2007.3.7(水) 春眠
やあ。まっちゃんです。今日は寒の戻りだが全然たいしたことないね。
あったかだった昨日は、うちの近所のイノシシも天井川で爆睡していた。

(左)コンクリ3面張りの天井川を伝って、いつも山から下りてくる2匹 (右)まったく無防備(トップページ写真も)
年末にアタックして惨敗した平戸の礫岩(つぶていわ)を「ふしぎ山」にあげといた。日本の秘境の一つと言えるだろう。しかしまりもちゃんの電話がなければどうなっていたか・・・。
2007.3.5(月) 荒地山
やあ。まっちゃんです。
春雨に濡れ、雑務に追われてトッピンシャンの日。
それにしても昨日はぬくかった。まるで初夏のような超好天にさそわれて、午後から荒地山へ登った。
ヤマツツジがもう咲いている。やわらかな風にからだじゅうを撫でられ、芽吹き始めた木の芽の香りに包まれる。この幸福感をなんとしょう。
ロックガーデン周辺で見晴らしのいいお弁当ポイントとしては風吹岩が有名だが、俺としては断然テーブル岩と黒岩(トップページ写真)が2大ポイントだな。どっちも地図には載ってないけど。
テーブル岩は寝ころんでダラ〜っとできるのがいい。黒岩はいつ行っても松の木に感動させられる。
ほかにもいいスポットはいくつかあるが、どれも地図には載ってない。でもそのおかげで静かにのんびりとくつろげるのです。
俺はええとこに住んどるなあ。
荒地山LOVE
2007.3.2(金) 専門家とは・・・
やあ。まっちゃんです。ぽっかぽかの春です。なのにこもって雑務処理。嗚呼。
ところで驚いたことに、病院では今日になってもインフルエンザにタミフルをフツーに処方しているらしい。
なーんも考えてないのね。こうやって過去幾多の薬害が繰り返されてきたんだね。ちなみにタミフルは全世界の生産量のうち8割を日本が消費しているという美しい国専用のおクスリです(くわしくはNPOJIP)。
まあインフルエンザについてはワクチンもそうだけども。医療従事者はみんな接種してるっちゅーからね、ははは(力なき笑い)。
聞くところによると小児科あたりにはどうってことのない患児があふれ返り、医療者たちは「こんなぐらいで連れてくるなよ、まったく最近の親たちは・・・」とあきれているらしいが、そう言いながらもきっちりおクスリ出してるそうで。そして残念なことに、ここで「なんでやねん!」と医者の頭を張ってくれる人が病院にはいないらしい。
ぽかぽかの春からボヤく俺悲し
|
過去の日誌も読めます |