『看護婦はなぜ辞める?』を読んだ読者からの反響
・・・その一部を紹介します


■改めて考えさせられました。私自身もこの3月に退職したばかりなのです。かなり行き詰まりを感じてました。逃げもあったと思うけど、あのまま続けるのは絶対よくないと感じたのです。

■看護婦になってからまだ1年も勤務しておりませんが辞めようと思っています。人間関係も辞めたい理由の1つですが、私のやりたい看護とはまったく違っていたことが最大の原因だと思います。毎日毎日時間におわれ、患者ともろくに話もできない。日に日に事務的になっていく自分がこわくなってしましました。「こんなのは私が思っていた看護じゃない」この言葉は果たして私(看護婦)だけの立場からのものでしょうか? 患者のもあてはまりませんか? 言いたいことだけを書きました。失礼いたします。

■遅ればせながら某雑誌でこの本を知り、とにかく一気に読んでしまいました。私は医療関係とは無関係ですが、全くのど素人にもわかりやすく読め、考えさせられることが多々ありました。

■辞める間際に朝日新聞で本書の名が目にとまりました。悩んで悩んで疲れきって生理もとまり不眠ノイローゼ状態となりました。上(看護部長)と話しても精神的フォローどころではありません。1人のナースに取り合ってたら身が持たないのわかります。周り(他部署)の支えもあって2年間頑張って力つきました。病院も辞めて本を読ませていただき納得する部分多々あります。今度はこの本を支えにしてもう少し休養したら再出発ぜひしたいと思います。またいろいろ企画してください。

■過酷な労働、夜勤、低賃金のみでなくいろんな要素があり矛盾だらけの医療現場が今さらながらよくわかりました。私も3才の娘を持つ母親でありナースです。子持ちのものにとって受け皿のない職場はたいへんです。辞めようかと思っているところです。

■今年10月より現場の一婦長から看護部へ業務担当の仕事へ替わりました。最初の仕事が辞職者62名のアンケートの整理をし、当院における看護部の考える諸問題としてまとめてみました。そのときに参考にさせていただきましたのが貴誌の「看護婦はなぜ辞めるか」でした。多くの人の客観的看護像を参考にもう少し頑張ってみようと思っているところです。頑張ってください皆様も。

■今、私は看護にやりがいを感じています。だから私は辞めません。精一杯頑張りたい!!

■読んでいて気持ちがスカッとしました。共鳴するところが多いです。これからは本音をどんどん発言していかなければならないと思います。私も書くのは好きです。原稿の投稿もしていきたいと思います。

■今までなぜ看護婦不足になるのかなど、また対策は?とか雑誌やTVで討論したりしているが結局は奥歯に物がはさまったような内容で、しかも実際に医療に従事している人ではなくどっかのお偉いさんとか肩書きを持った人たちの話なので「これだ!」というものがなくじれったかった。今回この本を読んでうなづける場面がたくさんあった。たとえば看護学校で習ったことをいろいろ自分なりに生かしてみたいと思っても結局は自分の職場の上司の考え方ひとつで生かすも殺すも決まってしまい、看護婦のこれからの看護観までもゆがめてしまったり。結局この問題の重要性は討論でTVに出ている人たちはわかってないじゃないかって思います。この本の内容は実におもしろかった。既刊の0号、4号、6号を読みたいと思いましたが売り切れとあり残念です。

■某書店で見つけてさっそく買わせていただきました。私も昨年10月末で市内の某病院を辞め、今は無職状態です。いったい自分がどうしてしまったのか。バーンアウトという言葉、身につまされます。学校を卒業したばかりの頃はあれもしたいこれもしたいと思っていたはずなのに・・・。辞める3ヵ月くらい前からくやし涙とか情けない涙とか、同僚に対しての申し訳なさ、いろいろなことを考えたり話したり。でも結局何もできないうちに辞めてしまいました。今でも病院に勤めている同僚の子、後輩の子たちとは逢ったり話したりしていますが、病院の方は以前にも増してめちゃくちゃになっているようです。私自身今は正職員としてあの世界に入っていくのはまだ無理だとずるずるしている状態・・・。でも看護婦はやりたいのです。臨床は好きなのです。この本を読んでから少しずつ辞める前の自分と、その自分に足りなかったもの、周囲のこと等が考えられるかなという気になってきました。今年から少しずつリハビリしていきたいです。

■91年6月で4年間勤めた病院を辞め、故郷に帰りました。9月から新しい病院に就職しましたが、いろいろと考えさせられることの多い今日この頃。この本を読んで共感することが多くありました。ナースとしても元気づけられました。

■国立療養所の官舎で育ったため、病院というものは非常に身近なものでしたが、身内に看護婦さんはいないのでナマの現場の声をきくことはほとんどありませんでした。1日、1週間密着取材を含め、非常におもしろい内容でした。1人の人間として、医療の素人として、ターミナルケアにいま関心があります。病院では死にたくないと思っています。看護婦さんが医者の手助け的存在から脱し、本来の看護のプロとして地域なりに出てきて活躍してくれればいいなーと思いました。

■看護婦3年目を迎え、皆同じような壁にぶつかっていることを知りました。今のところ「辞めたい」という気持ちになったことはありません。しかし「結婚したら続けるかどうかわからない」という気持ちでいます。私の勤めている病院も若い人たちが辞めていきます。同病棟の人たちにも本をまわし読んでもらおうと思っています。さまざまな分野からの意見がとても参考になりました。

■看護婦のおかれている社会的立場から生じているさまざまな問題に憤りを感じずにはいられませんでした。私も今看護婦を辞め(時々、昔勤めた病院で知り合った後、開業した医師のお手伝いバイトをしたりしてますが)来春、埼玉県立衛生短大の地域看護学専攻科を受験しようと思っています。倍率は12〜15倍と狭き門(合格するほうが珍しい)。学識を豊かにすることで自己を納得させるしか今の私には自分を納得させられないと思うのです。昔、三交替で身体をこわしもう子どもも産めないかもしれないほど弱ったからだでは夜勤のある看護婦は続けられない。かといって看護への未練がある・・・。小さな病院で働きましたが得るものはありませんでした。逃避かもしれませんが保健婦として日中のみ地域保健活動に貢献したいと思っています。

■私、学生ですけれども悩んでいます。看護の勉強をしていてもいいのだろうかと。高校のときの養護の先生に話をきいてもらっているうちに「こういう人になりたい」と理想をもって入学したのはいいのですが、「何か違う」こんなはずではなかったと漠然とした不安がおそってきます。実習ではおじけづいて体が動かなくなってしまうこともあり、指導ナースや先生からあきれられています。看護はきらいじゃない。だけど私が仕事をするには長く続けらそうな気がしないのです。資格だけは取っていた方がよいのでしょうか。こんな学生がいると迷惑する方は多いでしょうか。学校では言えません。

■「看護婦はなぜ辞める」は切実な問題です。私は30年近い外科の勤務医生活から昨年4月県立の看護学校副校長に転出した者ですが、養成数をいくら増やしても就職数年目でどんどん辞めていく現実を改善しない限り、看護婦不足は解消されないと痛感しております。使い捨てにされない専門職としての看護職が世間からプロフェッショナルとして認知される日が早く来ることを切望しながら、ナースの卵たちの教育にはげんでおります。

■看護婦を辞めてしばらくしてこの本に出会い、夢中になって読みました(ふだんあまり本など読まないのに・・・)。胸の中でモヤモヤしていたことがズバリ書かれている本です。私の意見としてはこういうことも考えられると思います。世の中核家族化が進み、老人が嫌われ邪魔者扱いされると病院にほうりこむ。こう言う状態ではいくら施設が増やされ、看護婦が増員されても患者が幸せに病院生活を送ることはできない。「なぜここにいるのだろう、どこも悪くないのに・・・」という患者の言葉をよく耳にしたものです。いったん患者を病院にほうりこんだ家族は一度も来なくなる。世の中の人たちは何を考えているのだろう・・・と、1年目の頃はよく考えましたが、そのうちこういう世の中なのだからといちいち腹立てることがあほらしくなりました。

■私も一応看護婦を職業としています。周囲の人は看護婦のことを「白衣の天使」とか「手に職があっていいね」「給料が高くていいね」など言いますが、私はそれをすべて「くそくらえ!(言葉悪いですね)」と思います。今ご飯を食べるためには看護婦していくしかできない(給料が手っ取り早くもらえるもの)けど、早く辞めたい、辞めたいって最近強く思います。「看護婦はなぜ辞める?」はいろいろな人のホンネが出ていて「そうだー」と大声を出して読めました。はやりのバーンアウトなのかなー。

■大変おもしろかった。NSの立場での第1の問題は「労働条件」であるのはよくわかる。しかし当院の状況を見ると「向上心がない」「いじめ」(特に組合員が非組合員をいじめる)といった低い次元の問題が存在しているようだ。

■最近、以前勤務した職場より再三「もう一度勤務してくれないだろうか?」っていう電話をもらった。それだけでなく私が留守のとき事務長の代理という男性が訪れ「娘さんの希望する額を出すから」という話をして帰って行かれたらしい。在職中に、労働条件、寮、賃金etc.にもっと配慮してくれていれば考えないでもなかったが。「でっち奉公」とも言えるような生活を送った私にとってもう二度とあの病院へ帰る気持ちはないと返事をした。現在、夜勤外来のパートという形でしか働いていないが、来年大学が受かったらもう看護婦にはもどらないつもりでいる。

■看護婦になって2年目の春です。この1年でいろんなものを見てしまったなぁと感慨にふけっているヒマはなくて、そうやって反省もなく毎日がすぎていくのがとっても無責任で・・・。

■「うん、うん」と頷きながら読ませていただきました。「看護婦はなぜ辞める?」の題を目にしたときは、私も辞めた人間として共感できるものがあるかもしれないと思いました。その通りでした。私も看護婦を辞めたわけではなく、病院を辞めたのです。同じ院内の男性と結婚したため婦長より俗に言う「いじめ」にあい辞めさせられました。今は3児の母ですが機会があればすぐにでもまた看護婦をやりたいです。違う病院で。私の勤めていた病院もまともな婦長、部長はいませんでした。学校卒業後すぐに勤めた病院でしたので「どうして、どうして」と毎日のように婦長の人間性に首をかしげていました。「どうしてこんな人が婦長になれるのだろう」話せば長くなるのでやめておきますが、看護婦を辞める理由の1つにはやっぱり人間関係があがると思いました。これからも心にビシビシくるような本を出してください。楽しみにしています。

■今年2月に8年勤めた病院を辞めました。とにかく毎日忙し過ぎて、辞めた後のことなど考えず「休みたい、ゆっくりしたい、疲れた・・・」が心情。「看護婦はなぜ辞める?」を読んで共感の連続でした。水野先生のおっしゃる夢と現実のギャップ以上に目標をも見失ってしまうのが現場なのです。でもいずれ私はまた再就職するでしょう。この仕事って麻薬と同じでなかなか辞められない。

■この3月に結婚という名目で病院を辞めた私がふらっと立ち寄った本屋で見つけたこの本。「看護婦は・・・」一気に読んでしましました。私の勤めていた病棟の婦長、人当たりはいいしよく勉強して頭もいいし、この人ならって思っていたけれど、付き合っていくうちにただの日和見主義の人だったんだなぁと気づき、勤めた2年のうちにどれだけ病棟をかえようと私たちがしたことか。考えたら情けなくなってついに辞めてしまいました。メンバーも半数近く変わって(それもがんばった人たちが)しまったし、退職予備軍もまだまだいるし、辞めた私がするのはおせっかいなことだろうけど婦長ともう一度話しようと思います。ありがとうございました。

■厚生省でやっと動き始めた、デンマークやスウェーデンのような福祉制度ができてほしい。看護婦がもっと働きやすいまた知的な仕事になってほしいと思う。今自分も辞めたいと思いこの本を購入したがなぜ辞めたいのか、これからどうしたらいいのかが少しみえてきた。職場にこの本について話してみたいと思うが今の自分の立場では問題は大きすぎると思った。

■今ナースの仕事を辞めようと思っています。他の人の意見も知りたくて読みました。この仕事は人の生命をあずかっている割には自立性の少ない分野と思います。責任の割には成果がとぼしい!

■「看護婦はなぜ辞める?」を読んでうなづいてしまうことばかりでした。やはり私も辞めたいと思っている1人です。私のいる病棟は比較的病棟の人間関係もうまくいっている方なんですが、人数が少なくバタバタと業務に追われる日にこれでいいのかな〜と思ってしまいます。人数が増えて楽になってきたかなと思うと新しい病棟を作って異動してしまう職員がいて、事業拡大しか頭にないようです。上はどこでもよく似たようなものだと思ってますが・・・。

■私は学校がいやでたまらない42才の一教師です。私が教職を退かない理由はただ1つ。経済的理由だけ。(20才の息子が二浪の末やっと大学に入って莫大な金がかかっている。夫はいない。)学校の中は管理主義一色で彩られ、教師はそれと気づかぬまま国家権力の手先となっている。多かれ少なかれそれに手を染めていない教師はいないはずだ。いたとしたら早くに教職からドロップアウトしていることだろう。そしてまた、教師の一人よがりと いことは何でも子や保護者に転嫁していく様は目を覆うばかり。あす、あさっては学校の職員旅行。私はあいつらと寝食を共にしたくないのでパスした。

■ナースの労働条件がすこぶる悪いということはよく耳にする話で、今や一般常識といった感である。だがよくよく考えてみるとそれは上っ面のことでの認識でしかなく、単に3Kだとか6Kなのだということでしかとらえられていないのが実情である。僕の認識もその程度だった。が本書を読んでみるといろんな角度から考察しており、たとえば医者からの意見だとか患者からの意見、また診療報酬面だとか、卒後教育や人間関係などなど。本当にいろんな意見が掲載されており、なんだか看護婦の立場がえらくあやふやなんだなぁと少し恐怖してしまいました。

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