濃厚…木曽三川・
輪中
温泉郷を訪ねる

木曽岬温泉
長島の共同浴場
ついでに桑名


治水のメッカ・輪中は、じつは温泉郷だった!

 発作的に大阪・鶴橋から名古屋行きの近鉄特急でピュ〜っと2時間。
 昔、なにかにつけて父上が使っていたフレーズ「その手はくわなの焼き蛤ぃ」、の桑名に到着するんである。

 ここは濃尾平野の西端、いわゆる木曽三川地域。木曽川・長良川・揖斐川の3つの川がくんずほぐれつしながら大量の水を海へと流し込んどるわけよ。
 もう大昔から年中行事のように水があふれかえって逆流したりするもんだから道も作れず、東海道五十三次ですら名古屋から桑名までは「七里の渡し」の船ですっ飛ばしておったという、まあ一筋縄ではいかない場所柄だ。日本のバングラデシュと言ってもいいんではなかろうか。

  
 (左)長島から見た長良川の河口   (右)桑名の「七里の渡し」横の船だまり

 でも、こういうところにもめげずに住むのが人間というもの。
 「輪中(わじゅう)」・・・覚えてますか? 中学校の地理で習ったでしょう。奔放に流れを変える三つの大河の流れにもまれながら、自らの村を守るために周囲に堤をめぐらせた運命共同体。なんかもうその必死さが意味もなく胸を打つ。
 指宿の鰻温泉は火の小宇宙だったが、輪中は水の小宇宙ともいえるかもな。
 そしてここは何を隠そう、かつて僕が大学の地理学教室にいたころ野外実習で訪れた思い出の地でもあるのだった。

 この木曽三川の河口デルタ先端には、有名な長島温泉がある。油を掘ろうとしたら温泉が湧いちゃったという高温泉で、近年は「湯あみの島」という豪勢な日帰り温泉施設として生まれ変わっているらしい。
 併設の遊園地「長島スパーランド」は、巨大ジェットコースターや巨大プール・豪華ホテルなどを備え、名古屋や関西から多くの客を集めている。

 んが、何気なく調べてみたら、この木曽三川地方は長島スパーランドだけでなく、広範囲にいくつかの温泉が点在する隠れた温泉郷であることがわかった。
 しかもほとんど観光地化されていない、地元民のためのチープ&ディープな温泉が輪中の中にひっそりと湧いているらしい。

 これは行ってみねばな。というわけで桑名に降り立ったのである。

木曽岬温泉---超濃厚ジジババ楽園

 さて、木曽三川の温泉群で、どう考えても最強と言えそうなのがこの温泉だ。

 桑名から東へ揖斐川・長良川をダブル鉄橋で渡ると長島(三重県桑名郡長島町)だが、さらに東の木曽川を隔てたところに、木曽岬(きそざき)という河口の三角州がある。
 三重県と愛知県はおおむね木曽川が県境になっているが、ややこしいことに河口部分は木曽川から分流した鍋田川という小さな川が県境になっており、木曽岬町も長島同様、三重県桑名郡に属する。木曽三川がたびたび流路を変えた名残なのだろう。

 桑名から木曽岬へ行くには電車でいったん3本の大河を越えて愛知県の弥富町へ行き、そこから1時間に1本のバスに乗る。
 木曽岬は典型的な輪中の水田地帯で、よどんだ用水路には大きなコイが跳ねている。ビニールハウスや温室でトマトなんかも栽培されている。
 バスは20分ほどで木曽岬の南端、源緑輪中に入り、上藤里というバス停で下車。そこから水田地帯の直線道路を約1km歩く。真夏の太陽をさえぎるものは何もない。あぢ〜よ〜。
 と、田んぼの真ん中に、見るからに濃そうな看板がズズーンと見えてくる。

  「ヘルスセンター」の文字が・・・

 さらに近づくと「ぼけ封じ寺」があり、その横にディープなるゲート。

 

 横の看板には、明らかに素人のテキトーなレタリングでこう書かれてある。

 いま話題の天然温泉
 ゴールデンランド木曽岬温泉
 美人の湯大浴場(500人収容)
 ジャリ風呂&ジャリサウナ


 500人収容の大浴場とはまた大きく出たな。挑戦的である。そしてジャリ風呂&ジャリサウナとは何なのか。
 風呂から上がったヨタヨタのじいさまとばあさまが帰っていく。前の池にはティラピアが泳いでいる。そして中からは、なにやら演歌が聞こえてくる。
 BGMじゃない、歌ってるよ、肉声だ。しかも大音量だ。

 ドアを入るといきなりの大演芸場。見たこともない女性演歌歌手が真っ赤なケバい衣装で歌っている。しかもスピーカーの音が少し割れている。ステージでは粗末な電飾がチカチカ光っている。ゆるいドーム型の天井では、動かなくなってウン十年はたっていそうなファンがどす黒く変色している。畳敷きの客席で、じいさまたちが寝っころがって酒を呑んでいる。
 キてるなあ・・・。

 受付のおじさんに入浴料600円を支払い、靴を脱いで、鍵もなにもない下駄箱に入れる。その前には一昔前のゲーム機(誰もいない)と、わけのわからないオミヤゲ類が並んでいる。
 時間が止まっているとかタイムスリップなどという生やさしい言葉では表現しきれない。この空間に起きているのは時間の逆流である。
 ここでは40歳の僕などほんの人生のヒヨッコに過ぎない。時間の逆流に飲み込まれると客観的な観察ができなくなる。僕はやむなく精神統一によって人間輪中となり、演芸場のステージ横を通って脱衣場へ向かう。

 広いスペース脱衣場には靴下のすえたような匂いがかすかに漂っている。
 とってつけたような真新しいロッカーが並んでいる。100円が戻らないやつ。壁に「最近、脱衣場荒らしがありました。貴重品は必ずロッカーに入れて・・・」云々と書いた紙が貼ってある。でも100円がもったいないので、脱いだものを入れてそのままフタを閉めるだけにした。

 そして浴室へ。
 寝てる。じいさまが床にゴロゴロ寝っころがっている。
 女湯との壁には1.5メートルくらいの名古屋城天守閣の模型がそびえている。
 裸のじいさまたちが大きなポリタンクを持ってウロウロしている。「1人20リットルまで持ち帰っていい」らしい。が実際は一人で何個もポリタンクをキープしている人もいて、事実上やりたい放題の様相を呈している。

 中央の大浴槽はゆうに20人以上は入れる広さがあるが、あまり誰も入っていない。かなり熱いからだ。半分は深く、半分は足首くらいの浅さ。
 奥のほうで、打たせ湯のような感じで湯がドバドバ落ちている。これが源泉らしい。かなりな量だ。しかもさわれないくらい熱い。
 ここは52度の湯が毎分886リットル湧いているという。それが広い浴槽で適度にさめているのだが、それでも43〜45度くらいはあるだろう。アルカリ性単純泉で、つるつるの肌触り。薄い緑色で、かすかなモール臭。湯の花も漂っている。

 注ぎこむ量と、浴槽の広さに対して、浸かっている人の数が少ないために、ピカピカの源泉が惜しげもなくあふれて浴室の床をザーザー流れている。
 で、そこにじいさまたちが寝ている。流れてくるお湯がじいさまの体で堰き止められ、流路を変えている。

 源泉大洪水、老人堤防、時間の逆流、人間輪中……どうやらこれがこの温泉のキーワードらしい。

 奥に「ジャリ風呂」がある。トタンで増設されたような細長い場所で、1〜2cm大の黒い砂利がしかれた上に寝転がって、砂利を体にかける。下から熱い温泉が湧いていて、これはかなり効く。背中じゅうのすべてのツボに灸をすえているようなもんだ。
 「ジャリサウナ」もあり、これはジャリ風呂が狭い空間に密閉されている状態。

 加水でぬるくした小さな丸い浴槽もあるが、浴室が全体的に高温地獄の様相を呈しているので、ベンチの置かれた露天スペースで体をさましている人が一番多い。
 嬉しいことに飲泉用の蛇口もある。飲むとまったりとしてわずかに甘味があり、なかなか美味だった。

 ところで、この温泉でもう一つ指摘しておかねばならないことがある。それは、おそらく掃除というものがほとんどなされていないのではないかと考えられることだ。
 温泉成分のせいもあるだろうが、床などのヌメリやタイルの目地の汚れなどはそのまんまで、壁には緑色のコケまで生えている。そこらじゅうが黒ずみ、ジャリ風呂の壁などは塗装がめくれあがって朽ちている。洗い場の排水口も流れが悪い。露天のベンチもボロボロ、マット類も土に還りかけている。
 まさに施設全体が自然の法則にしたがって、コケのむすまで朽ちるに任せられている。ここの「天然」温泉とはそーゆー意味もあるのか・・・?
 レジオネラ騒動などで公共浴場の衛生管理に厳しい目が向けられている今、ここまで堂々と放置できるというのはある意味すごい。
 
 10年もしないうちに、この建物は完全に朽ちて崩壊するだろう。しかし建物は朽ちても、ピカピカの源泉だけは大浴槽にこんこんと注がれ続けるだろう。
 むしろそうなったほうが、すてきな露天風呂で気持ちがいいかもしれんな。

 風呂から上がって、演芸場の客席へ。演歌歌手「あき しずか」の唄う「大阪ぼろろ」とかいうベタな演歌を聞きながらビールを飲み、味噌おでんを食う。このへんじゃ、おでんといえばコレなんだな・・・甘いよぉ〜。

 舞台では突然「なぞなぞクイズコーナー」が始まった。売れない演歌歌手が客席に向かって問う。
 「柔道や空手の選手が好きな果物はなんでしょう?」
 客席では30人くらいのジジババが昼間っからできあがっていて、あちこちで「ハイ、ハイ」と手が挙がる。そのうち一人のじいさまが指名され、マイクが回される。
 「お答えをどうぞ」
 「メロン!
 阿呆かこのクソジジイ、ブドウ(=武道)に決まっとるだろうが!
 「第二問です。デパートなどにあって、開くたびに景色の変わる扉をなんというでしょう」
 エレベーターでしょうが・・・もう子ども向けのクイズはいいよ。しかしまたもやたくさん手が挙がり、指名された別のじいさまが甲高い声で答える。
 「ヒラキ戸!

 からくりテレビの「ご長寿クイズ」がヤラセでないことが判明した。
 豪快な源泉、天然放置のサービス。なにもかもがオーバーフロー。何百年も河川氾濫と闘ってきた木曽三川の輪中パワーを見せつけられる温泉だった。

長島の小さな共同浴場---松ヶ島と大島

 さて、この地にあるのは、なにもそんな濃い〜パラダイスだけではない。心が洗われるがごとき超素朴温泉も湧いている。

 揖斐川・長良川を挟んで桑名と対面する細長〜い長島町は、町全体がデルタ地帯の川中島で、その南端には前述の長島温泉スパーランドがある。
 それに加えて数年前、島の真ん中あたりに、複合観光施設「なばなの里」がオープンした。新たに掘削された温泉を中心にレストランやハーブガーデン・チャペルなどが造られていて、桑名から直通バスで10分ほど(240円)。

 この施設は、自然破壊が社会問題になった長良川河口堰のすぐ横にある。河口堰とほぼ同時期に造られたみたいだから、きっと河口堰建設に付随して地元にもたらされた大きな「アメ」の一つなのだろう。
 そう思わずにはいられないほど巨大で豪華な施設だが、夏休みの週末というのに、広大な駐車場はガラガラ。ちなみにここの大浴場や庭園露天風呂に入るには、「なばなの里」入場料1000円のうえさらに入浴料500円を支払わねばならない。

  「長くて良い川」を殺した河口堰

 言うまでもなく、わがチープ&ディープなる魂はそのようなバブリー施設を拒絶する。

 バス停から「なばなの里」入口に背を向け、北へ200メートルほど歩く。
 すると、とびきり素朴な共同浴場が見えてくる。

  殺風景だが、ヒナビ度100%の味わいがたまらない

 これこそわが目的の「長島町立松ヶ島共同浴場」だ。
 夕方5時開店の少し前だったが、入口が開いていたので「もういいですかー?」と声をかけると、すでに先客が2人ほどいた。籐の籠に脱いだ服を投げ込むだけの、思いっきり地元密着な脱衣場。開放的な番台にはきさくなおばちゃん。指宿を思い出すなあ。入浴料金は100円である。

 浴室も古びているが、きれいに掃除されている。真ん中に、5人ほど入ればいっぱいになるくらいの、タイル張りの小判型湯船がひとつ。へりから薄い飴色のお湯がザーザー溢れている。おお、この豊かなる情景。
 そして、神戸あたりの温泉にはあまりない鉱物系の油臭がほのかに立ちこめる。
 湯船の端には蛇口が3つあり、左端からは62度の源泉がドバーっと勢いよく吹き出ている。湯船が小さいため、そのままでは熱くてとても入れない。それで右端の蛇口から水を出してうめている。
 ドプンとつかると、さらにお湯がドバーーっと溢れ出す。じぇーたくじゃのぉ。まったりとした肌ざわりがたまらなくキショクエエ。

 5時と同時に次々とお客が入ってくる。すべて地元のじいさまで、全員が顔見知り。にこやかにその日の情報交換をしておられる。あっという間に狭い浴室はいっぱいになった。
 湯船の3つの蛇口のうち真ん中の蛇口からは何も出ていないので、横にいたじいさまに聞くと、以前はここは温泉ではなく普通の沸かし湯の共同浴場だったという。真ん中の蛇口はその時に湯が出ていた蛇口らしい。
 ということは、この湯も河口堰建設に付随して地元民に与えられた「アメ」なのだろうか。「長島温泉R15号・R16号井戸の混合泉」で、泉質は「ナトリウム塩化物炭酸水素塩温泉」とあるが。

 まあしかしそんなことより、ざんざかあふれるまろやかな湯は、まったくもって極楽至極。ただでさえ暑い日なのに、めちゃくちゃぬくもる。ていうか、熱いよ。
 じいさまたちは15分ほどでどんどんあがってゆき、30分後には2〜3人になった。営業開始時刻に行くんじゃなかったな・・・。
 それにしても、名古屋から30分もかからないところにこれほど素朴な温泉があることは驚きだ。大阪では考えられない。

                   *  *  *

 さて、松ヶ島から長良川の堤防に沿って南へ1kmほど歩くと、左手の堤防下に大島という集落が見えてくる。長良川でボラやスズキなどを獲る漁師の村だ。

  大島の漁港

 集落内をしばらく行くと、「大島共同浴場」がある。
 こちらも松ヶ島と同規模だが、7年ほど前に温泉が引かれたのにあわせて新築したそうで、浴槽はカラン設備なども全部最新型だ。そのぶん松ヶ島のような素朴な雰囲気はない。
 客はやはり地元の老人がほとんどだが、ばあさまに手を引かれて小さな子どもも入っていた。
 入浴料金は同じく100円。番台はなく、箱にチャリンと入れる方式。

 温泉は松ヶ島と同じ源泉が引かれている。が、こちらはカランの水もシャワーもすべて源泉の冷えたものが使われている。水道水はまったくなし。
 入っていた地元おじさんに聞くと、毎日午後3時の給湯時刻になると、しばらくは冷たくさめた湯が出てくるという(松ヶ島より泉源から遠いのかも)。それをタンクに溜めて、水がわりに使っているということだ。
 したがって、その冷えた温泉には量に限りがある。しかし最近はネット情報で遠方から来る客がけっこういるらしく、その人たちがシャワーを出しっぱなしにしたりするせいで、冷えた湯がなくなってしまうこともあるらしい。まあかくいう僕も、そうとは知らずに冷たいほうをけっこう使ってしまったが(だって熱いんだよ、浴槽の湯が)。

 湯から上がり、脱衣場で体を拭きながら、開け放たれた浴室をぼんやり眺める。なみなみと溢れて床を流れ去ってゆく湯が、夕暮れの光に照らされている。
 この温泉は、建物の維持管理から浴槽の掃除までを大島集落の人たちが交代でやっており、温泉の使用料もみんなでお金を出し合っているそうだ。商売で営んでいるわけではないがゆえに100円で入ることができる。
 「それなのに、タダで入れるぞと言って他所から来て、100円も入れないやつらもいるんだよ」

 温泉ブームに乗って予想外に外来者が来るようになり、この小さな風呂を共同管理してきた村人たちがとまどっている様子がうかがえた。
 最近、こういった温泉があちこちで「ジモ専」(地元民専用)化して部外者の入浴を拒む傾向にあるが、ここもそうならないよう、外来者は感謝しつつ礼節をもって入浴すべきだろう。
 (ていうか、松ヶ島と同じ湯なんだからわざわざ入りに行くなつーの俺!)

ついでに桑名の焼き蛤と六華苑

 とまあそんなわけで、過去の水害から輪中を守ったであろう逞しき老人たちの裸体を多数拝見した温泉行だったが、ついでに桑名市の観光案内所で無料レンタサイクル(ボロい)を借りて、桑名市内を一回りした。駅前〜旧東海道〜七里の渡し〜九華公園(桑名城跡)など。小さな街なのですぐに回れる。

 「六華苑」という大正期の邸宅が興味深かった。洋館と和館を合体させた建物で、洋館部分は鹿鳴館などを設計したジョサイア・コンドルの手による。和洋折衷の建物というより、「和」は徹底して和風建築、「洋」は徹底して洋風建築をつらぬいて、それをそのままそうっとくっつけてある。
 清々しいブルーの洋館、高い天井の重厚なホールを抜けると、扉の向こうにいきなり畳の和空間がズラ〜っと並んでいる。新鮮な驚きがあり、創造力を刺激された。桑名に行ったら立ち寄る価値あり。入館300円。

  六華苑

 そうそう、忘れちゃならない「桑名の焼き蛤」も食べた。居酒屋(店名忘れた)のメニューで2個700円だったか800円だったか。とろんとジューシー、美味であった。
 野球選手や芸能人多数ご来店の「恵比寿本店」のはまぐりカレーうどんも食べたが、身が硬く、地場モノじゃなさそう。そりゃ600円のカレーうどんにはまぐりが6個も入ってるんだから無茶だわな。

 (おしまい。  2003.8.16)
ちょっとした旅ホーム