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5例目「脳死移植」
(駿河台日大病院)
の臓器提供者は

うつ病による
自殺者だった!

松本康治(本誌編集長)

『いのちジャーナルessence』No.4(2000年6-7月) 
「特集・たいへんなことになってきた脳死移植」より転載

9ヵ月ぶりに行われた「脳死移植」は、くわしい事情が報道されぬまま、あっけなくマスコミの話題から消えた。
そのあと6例目7例目と続き、そのつど扱いは小さくなった。もはや脳死移植が通常医療としてすっかり定着したかのようだ。
しかし実際には驚くべき事実が隠され、最悪の事態が進行していた。


◆ついに行われた密室移植


 マスコミ関係者は誰もがみんな知っている。でも、誰も書かない。
 2000年3月28日深夜に突然開かれた記者会見で、臓器移植法施行後5例目となる「脳死移植」が行なわれたことが発表された。駿河台日大病院に運ばれ「脳死」と判定された女性から、心臓・肺・肝臓・腎臓・膵臓が摘出されたというものだ。

 昨年6月の4例目から9ヵ月間の空白を経て行われた「脳死移植」ということになるのだが、読者の皆さんはこの事例について、どんなドナーだったか記憶しておられるだろうか。

 記憶になかったとしても無理はない。この臓器摘出は、みごとなまでに情報を封鎖した密室医療として行われたからだ。

 密室医療には、密室でなければならない理由があった。しかし驚くべきことに、マスコミ各社は一様に、その検証・報道を放棄した。
 そしてこの密室移植が批判もなく「成功」したことによって、その後6例目7例目と続いた「脳死移植」では、もはや密室であろうとなかろうとジャーナリズムによる検証なしに行われることが常態化していくことになった。


◆自発呼吸が戻ったのに


 日本臓器移植ネットワークが3月28日の記者会見で公表したドナー情報は、「関東甲信越地方の医療機関に入院中の20才代の方」ということだけ。性別や死因については「家族の要望」で「お答えできない」と繰り返した。

 この5例目には、これまでの「脳死移植」と決定的に異なる点がある。警察の検視を受けていることだ。
 検視は、異常死体の死因を調べるために行われるもので、臓器移植法では異常死体から臓器を摘出する場合、検視が終了するまでは摘出してはならないことが定められている。

 この患者が検視を受けた理由についても、臓器移植ネットワークは説明を拒んだ。

 もっともくわしくドナー情報を書いたのは高知新聞だ。
 30日の同紙によると、ドナーは「20代の女性」で、27日午前、心肺停止の状態で駿河台日大病院に搬送された。救命救急センターのスタッフが心肺蘇生を続け、1時間以上も止まっていた呼吸が蘇った。
 しかし医師団は「脳幹機能が回復しない」と家族に告げたという。

 自発呼吸が蘇ったということは脳幹機能が回復したことを意味する。なのにこの家族への説明はどういうことか。

 同紙には、そのあとさらに不可解な記述がある。

 「覚悟をした。ドナーカードを持っているはずだ。自宅で探してみる。脳死になったら提供したい」
 女性にはまだ自発呼吸があったが、家族は脳死の条件がそろえば速やかに提供に同意する意向を示した。
 「時間がたてばたつほど臓器の状態が悪くなる。移植の結果も悪くなる」。
 家族はテレビなどで臓器移植に関心を持ち、普段から深い知識があったという。移植医療に共感したきょうだいが先にカードを持ち、女性も今年初めに「私も」とカードに署名した。(高知新聞)


 20代の娘が突然倒れて救急車で大学病院に運ばれ、救急スタッフの懸命の蘇生でやっと自発呼吸が戻った。「やったぞ!」と家族は神に感謝して手を取り合い、奇跡の復活を確信……ならわかる。
 ところが、この家族はそんなときに「カードがあったはずだ」と自宅に探しに戻ったのだという。娘の命より「臓器の状態」や「移植の結果」を心配したのだという。

 そんなものだろうか?

 患者が倒れて1日もたたない28日未明、早くも医師は「臨床的脳死」と診断、すぐに法的脳死判定が行われてその日の夕方には「脳死」が確定。わずか1日半のスピード臓器摘出だった。
 それに先だって家族は、
 「個人を特定できないように。原疾患には言及しないで。臓器搬送の場面は映らないように」
 と強く要望したという。

 厚生省は昨年の公衆衛生審議会で、「家族が望まない場合、ドナー情報を一切公表しない」と発表して一部マスコミの批判を浴びたが、今回はその通りの方法が採られた。そして厚生省方針を批判したはずの新聞も含めてそれに従い、記者会見以外に知り得た情報を一切報道しなかった。

 その、マスコミ関係者の誰もが知りながら書かなかった事実。

 それは、この患者が27才の女性で、うつ病患者で、自宅で自殺(おそらく首吊り)を図って運ばれたということだ。
 検視はその確認のために行われた。


◆異様に早い脳死判定


 隠された事実を、なぜここで小誌が書かねばならないのか。
 それは、この事実にこそ今回の「脳死移植」に対する疑問が凝縮されているからだ。

 脳神経外科医で救急認定医でもある昭和病院の近藤孝氏は、まず救急医療としての見限りが早すぎる点に首をひねる。

 「首吊りで運ばれた患者は何人も診ました。救急処置としては、挿管して人工呼吸器につなぎ、心臓マッサージをしながら強心剤を打ちます。ただし1時間も心肺機能が停止していたら蘇生後の経過は良くはありません。悪いながらも安定するか、再び悪化して蘇生後脳症と呼ばれる状態に陥るかのどちらかでしょう。しかし、どっちになるかはその時点ではわからない。したがって希望はあります。
 でもこの事例では≪脳幹機能が戻らない≫と説明したとあり、だとするとおかしな説明です。家族がドナーカードを探しに帰るというのもおかしい。2例目の慶応大学では≪そんな段階じゃない≫と引き留めています。
 つまり蘇生後脳症でダメというのは見込みでしかない。それに、たとえ蘇生後脳症になったとしても、その後3年間生きている人がうちの病院に今も入院しているくらいですから、脳死になるかどうかはわからないのです」

 脳死・臓器移植に反対する関西市民の会代表・岡本隆吉氏も、同様に指摘する。

「とにかく今回のはものすごく勝負が早い。うつ病による自殺とすると、体はどこも悪くないわけです。自発呼吸が回復したのに、そんなすぐに死ぬことが確定するでしょうか。従来の臓器提供症例と比べても、自発呼吸が回復してから脳死判定までの期間があまりにも短すぎる。あのひどい高知日赤や千里救命センターだって、もっと日にちをかけています」

 近藤医師はさらに治療内容についても疑問を投げかける。

「すぐに脳死判定にとりかかっていることから、この事例では脳低体温療法をしていません。でも、しない理由がわからない。自発呼吸が回復するという≪いい結果≫が出ているわけですから、どうして治療を続けなかったのか。脳低体温療法はしたくなかった、としか考えられない。
 新聞では家族の意向が強調されていますが、救急治療は家族の意向に左右されてはならないはずです。臓器移植法では、すべての治療を適切に行うことが定められているのです」

 そしてもう1点、脳死判定にも疑問が残る。

「うつの患者さんの場合、中枢神経抑制剤と呼ばれる睡眠剤や安定剤を飲んでいることがほとんどです。その場合、脳死判定はしてはならないことになっています。なぜなら、それらの薬物の影響で、脳死でなくても脳死と判定される可能性があるからです」

 それにしてもこの家族は、なぜそれほどまでに臓器提供を≪したがった≫のか。それは事実なのか、それともこれまでの移植事件でみられたように医療側の誘導によるものなのだろうか。


◆自殺願望の患者と家族



 自殺願望は、うつ病のよく知られた症状だ。そういう症状のもとで患者本人と家族の生活はどのような状況に置かれるのだろうか。

 「まつい心療クリニック」院長の松井律子医師によると、同クリニックに訪れる患者の3分の1くらいがうつだという。
 「でも、自殺を思いとどまるよう説得しなければならないような人はめったに来ません。そういう人は家族が無理矢理ひっぱってこないと来れないですから。死にたがってる人を精神科にひっぱってくるのは大変です。半年くらいかかる場合もあります」

 実際に首を吊ってしまったこの事例の女性は、かなり重度のうつ病だったと推測されるのではないだろうか。
 松井医師によると、うつ病の症状の出方は病前性格や抵抗力の差が大きく、くわしい事情がわからないと何とも言えないということだが、一般に典型的なうつ病では、よくなりかけの時に精神バランスを崩して自殺する例が多く、家族関係としては過保護な親が多いという。
「いずれにせようつ病治療は休ませて体力を回復させるのが原則ですから、安定剤・睡眠剤・抗うつ剤などを投与します」

 ただし、うつ病と診断されても、実際にはもっと重度の精神障害である場合も少なくない、と松井医師は言う。精神障害は社会的影響が大きいため、たとえば初回発病の分裂病などでは患者の社会生活をかばう意味で「うつ」と書くことも一般的に行われているらしい。

 今回、自発呼吸が回復したにもかかわらず家族が臓器提供に意欲的だったと報道されたことについて、精神科に勤務経験のある看護婦はこう言う。
「もしそれが本当なら、家族は相当疲れていたんでしょうね……」


◆自殺者が臓器供給源に



 自殺願望のうつ病患者。生か死か選べと言われたら、死を選ぶ。そんな状態でドナーカードが書かれたのだとしたら、その意思をよしとすることは自殺をも肯定することにつながらないのだろうか。
 なにしろドナーカードは生死に直結する問題だ。今回の場合、カードに記入してから自殺まで3ヵ月も経っていない。

 自殺の危機が迫っている人に対して 24時間体制で電話相談・面接相談・緊急出動などを行っている国際ビフレンダーズ大阪・自殺予防センターの横田康生所長によると、相談の約半数はうつなど精神症状による自殺危機だという。

「当センターでは自殺の危険度を≪自殺念慮≫と≪周囲の状況≫とに分けて点数で表しています。自殺念慮は最高6点ですが、うつというだけで2点になります」

 横田氏によると、そういった相談者には子どもの頃の人間関係を引きずっている人が多いという。いじめられたり、周囲からいい子であることを強制されたり、親のいいなりだったりするケースが目立つ。
「自殺未遂を繰り返す場合、親もしんどい状況に置かれます。 親に死ねと言われた″と電話してくる人もいます」

 ただし、うつ病患者のドナーカード所持については、やや首をひねる点もあるという。
「自殺願望の人はまわりが見えなくなっているから、臓器提供など自分が死んだあとの他人のことまで考えるかは疑問です。ただ、そういう意思は変化していくものでしょう。むしろ、健全なときの意思表示が、その人が自殺願望を持ってからも生き続けていたとしたら、そのほうが問題かもしれません」

 これまで脳死移植のための臓器供給源は、おもに交通事故と脳血管疾患、と目されてきた。しかし自殺者が交通事故死者の3倍にのぼる日本の現状を考えると、今後ドナー不足の解消を目指す勢力の矛先は自殺者に向けられていくだろう。
 自殺予防活動が臓器移植推進と矛盾しつつある、とも言えるのではないだろうか。


◆肺移植はなぜ成功したか



 脳死・臓器移植に反対する関西市民の会の岡本隆吉氏は、今回のスピード脳死の鍵を握ったのは「肺移植」ではないか、と推測する。

「脳死は≪人工呼吸器で生かされている状態≫と言われます。これまでの事例では肺移植ができませんでした。人工呼吸器使用によって肺がいたんだからと考えられます。が、今回初めて肺移植が実現しました。雑菌が入っていない、きれいな肺だったのでしょう。どうしてか。それは人工呼吸器を極めて短時間しかつけていなかったからではないかと考えられます。逆に考えると、今回初めての肺移植を実現させるために急いだ、とも考えられるわけです」

 いずれにせよ、これまで述べてきた事実は一般市民にまったく知らされることなく、何も問題がなかったのごとく葬り去られようとしている。
 岡本氏は憤る。

「これが移植医療のそもそもの体制なんです。悪いことは全部ふたをしてしまえる。そうしないと成立しない。だから反対しているのです。密室で何をされてもわからないということを我々はずっと言ってきましたが、それが現実のものになったということです」

 臓器移植法の付則では、移植によって医療に対する不信を与えてはならない、ということが決められている。そのためには、ドナーの救命に万全を尽くした証明として治療内容を明らかにする必要があるはずだ。
 しかし病院側はそれを平然と拒否した。

 それにしてもマスコミはなぜこの密室医療を批判し、疑惑に満ちた臓器摘出を追及しないのか。
 ある全国紙の編集委員はこう言う。
 「加害者のいない自殺は≪個人的な問題≫として処理され、よほどの有名人でない限り書かないことになっている」
 しかし法に基づいて行われる「脳死移植」がもとより個人的な問題であろうはずがない。
 別の全国紙の論説委員は、
 「脳死移植に関心を持って追及しようという記者が見あたらない」
 と嘆く。さらに別の全国紙で脳死移植を追ってきた記者は、こんなホンネを漏らす。
 「脳死の記事は書きたくないねえ。高知の1例目は疲れたよ」

 かくして臓器移植推進派にとってはまさに≪やりたい放題≫のレールが完成しつつある。その上でこの秋、家族の同意だけで臓器摘出を可とすることを柱に謳った「臓器移植法の見直し」が行われようとしている。


※小社刊『脳死ドナーカード持つべきか持たざるべきか』では、これまでに行なわれた脳死移植の経緯と問題点を整理・検証し、ドナーカードを持とうと考えるときに不可欠な情報をわかりやすくまとめています。

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