「陣痛促進剤あなたはどうする」webいのジャホーム


子宮収縮剤による分娩操作は
正当化できるのか?


松本康治(本誌編集長)

『ナースプラスワン』1994.4より、一部改訂

 この薬のバカげた使われ方はどうだ!

 僕の知り合いに勝村さんという夫婦がいる。2人は高校時代の同級生。長い恋愛の末に結婚し、はじめての出産は地元の市民病院(約450床)を選んだ。母子ともに順調だった。
 ところが38週目の定期検診の時、突然「出産が始まりかけている。今日にでも入院しなさい」と言われ、予定日前で子宮口もまだ開いていないのに子宮収縮剤(プロスタグランジンおよびオキシトシン)を次々に投与された。しかもその後放置されたため、緊急帝王切開のすえに生まれた赤ちゃんは仮死状態。植物状態のまま9日間生きたのち、死亡してしまった。
 母親教室で「自然分娩を大切にする」と言っていた副院長が主治医であったにもかかわらず、事故後説明を求めに行くと、
「子宮収縮剤は全員に使っているから関係ない」
 と答えたという。
 勝村さん夫妻は現在、市と医師を相手取って裁判を闘っている。僕はその証人尋問をすべて傍聴してきたが、そこでのやりとりには、実にフシギなものが多い。
 たとえば、こんなやりとりに、子宮収縮剤という薬の使われ方のフシギさがよく表れている。
 弁護士「薬にはそれぞれ、どういう場合に使うかという事情がございましょうけど、この妊婦さんの場合については、どのような事情があってお使いになったのでしょうか?」
 主治医「先ほども申しましたように産徴があったこと、胎児が十分に発育していること、あるいは母体のほうも分娩に耐えられる状態、あるいは経膣分娩が可能である、ということを十分に検討したうえで指示しています」
 弁護士「ま、お言葉を返すつもりはないんですけど、おっしゃってるところを聞きますと、ごく順調に分娩になっているということじゃないんですか?」
 主治医「そうです」
 弁護士「どうして薬、使うんですか?(略)この妊婦さんについて陣痛誘発をしなければいけない、あるいは陣痛を促進しなければいけない事情は、特にあったんですか?」
 主治医「いや、特にそれはございません」
 弁護士「そういう、必要がないけれども使うというのは、ちょっとわかりにくいんですけども。特別の事情はないけれども、ふつう通り使ってるという意味ですか?」
 主治医「そうです」
 医学的に何の必要もないけれども、使う。そんな薬があっていいのだろうか。
 まあ、それがどうってことないような薬、ビタミン剤みたいなものならまだ許せるかもしれない。が、子宮収縮剤(プロスタグランジン、オキシトシン)の能書きには、副作用として「過強陣痛」「子宮破裂」「胎児仮死」などが明記してある。そんな危険な薬を説明もなく気軽に投与され、放置されるとしたら、妊婦はたまらない。

子宮収縮剤の濫用は一石三鳥

 言うまでもなく、お産は病気ではない。時が来れば自然に赤ちゃんが生まれるようになっている。ほとんど何にもしなくても、10人中8〜9人は自然に元気な赤ちゃんが生まれ、産婦も正常な産褥をたどる。日本母性保護医協会のパンフレット『産婦人科医療事故防止のために』には、そういう場合、医療側は感染や出血を予防するだけでよく、「むしろあまりいろいろと医療的な介入をしない方が順調に進むことが多いともいわれている」と書かれている。
 ところが日本では、「日別平均出生数」や「時間別平均出生数」のグラフ(小社刊『陣痛促進剤あなたはどうする』参照)に見られるように、休日・夜間を避けて平日の午後2時をピークとした時間帯に多くの赤ちゃんが生まれている。12月にはグラフはいっそういびつな形となり、それがおそらく医療スタッフの年末休暇に関係しているであろうことがうかがわれる。
 グラフの歪みは、「むしろあまりいろいろと医療的な介入をしない方が順調に進むことが多いともいわれている」正常な妊婦に、子宮収縮剤を投与して分娩を操作したことが主な理由だと考えられる。

 子宮収縮剤は前述のように危険な副作用をもつ薬だが、それ以上に危険な異常分娩、たとえば胎盤機能不全や糖尿病合併妊娠・子宮内胎児死亡などを乗り切るために開発された。使用に関しては、個体差を十分考慮したうえで少量ずつ慎重に投与し、分娩監視装置を使って持続監視をすること、しかも投与開始後最低30分間は医師が付き添うことが必要とされている。
 しかし現在日本では、「夜間は人手が少ない」など、おもに医療側の都合で使用されることが多いといわれる。しかも数々の被害症例を見てみると、ずさんな診断のもとで、ほとんど説明もないままに安易に多量に使用され、そのうえ監視もいいかげんで、漫然と放置されることが少なくないなどの実態が明らかになってくる。

 そのため、母親あるいは胎児の死亡をはじめとする被害者が毎年たくさん出ており、「陣痛促進剤による被害を考える会」には、そんな被害症例が100例以上集まっている。むろん、医療被害はおもてに出にくいのが常識であり、この数字が氷山の一角であることは言うまでもない。
 しかもこれらの被害は、悪質な「一部の」中小病院や開業医だけで起こっているのではなく、先の勝村さんの例のように、国公立病院など大きな病院でもまったく同様に起きているのが特徴だ。つまり子宮収縮剤による分娩操作は、施設のいかんを問わず、当たり前に行なわれているということになる。

 勝村さんは、被害者が続発しながらも、日本中でこの薬が「使う必要のない患者」に大量に使われている理由をこう推察する。
「子宮収縮剤の濫用は、薬価差益収入、休日や夜間の分娩を減らすことによる人員削減、事故の際の集中治療などで、お金儲けには一石三鳥なんでしょう。あくどい医師が儲かり、誠意ある医師にはお金がまわらない今の保険制度自体に問題があると思います」

緊急時に備えることの意味

 こういう話をすると、こう反論してくる医療者がいたりする。
「お産はいつ異常に転じるか予測がつかないから、産科医療は救急医療的性格がある。緊急事態に対処するには、休日や夜間は人手が少ないので危険。よって、平日の昼間に誘導するほうが安全なのだ」
 自分の行為を正当化するために、「救急」の意味を曲解したり人間本来の生理機能を軽視したりする人たちがこれ以上増えては困るので、反論しておこう。
 救急医療とは本来、予測できない事故や急病に備えてスタッフや器材を揃え、腕を磨いて待機しているものであるはずだ。産科もそれと同様であるならば、予測できない事態に備えてスタッフや器材を揃え、腕を磨いて待機しておくのが筋だろう。
 休日・夜間の救急医療体制が手薄だからといって、夜間外出禁止令を出せなどと言う人はいない。ところが産科医療の場合には、それを理由に、いきなり分娩操作を正当化する人がいることに驚かされる。しかも危険な薬を健全な母体に注入して生理メカニズムを狂わせるのだから、外出禁止令なんかより罪深い。
 それに、医学的に不要な子宮収縮剤を使わない分娩施設だってたくさんある。使わなくてもできている事実がある以上、「使わないとできない」という施設には逆になんらかの問題があると考えざるを得ない。
 いずれにせよ、こういった医療側の自分勝手な理屈を押しつけられた数多くの母子が、子宮収縮剤の濫用による被害に遭っている。この現実を真摯に受け止めるなら、それを助長するような自己正当化などやめて、少しでもマシな体制づくりを働きかけたり、妊婦の異常をいち早く察知すべく産科医や助産婦・看護婦の継続教育を検討したりすべきだろう。

 また、こんなことを言う医療者もいる。
「家庭分娩が主流だった時代は放置型分娩だったが、施設分娩が主流になったからこそ母子死亡の大幅減少につながった。医学的監視体制を認めないのは周産期医療の逆行だ」
 前時代の「放置分娩」をもってきて現状を肯定化しようとするのは話がズレている。たとえば助産所で産む人たちの中には、一人目の出産時に病院で放置されて辛かったから、きちんと観察してほしいから、という人たちも多い。問題となっているのは、一部の病院のそういった現状だ。

 さらに、こんなことを言う医療者もいたりする。
「わが大学病院では、全例が子宮収縮剤を使った計画分娩だが、一貫した徹底管理を行なっているので、自然分娩よりも絶対安全だ」
 こういう、人間の個性とか主体性とか、あるいは生理機能の神秘・尊厳などに思いが及ばない人とは、議論する気がしない。いずれは全例カプセル内胎児育成、全例ボタン1つで自動出産法などを開発するつもりなのだろうか。

 産む側としては、不必要な薬を病院側の都合で使ってくれるな、私に合った助太刀をヨロシク、と言っているだけなのだ。

何を考えて助産婦になったのか

 それにつけて、もう一つフシギなのは、そういう分娩操作が当たり前に行なわれている病院で働いている「助産婦」の存在だ。ある大学病院(全例が子宮収縮剤を使用した誘発分娩)では、産科病棟の婦長が「出産は医師が扱うもの。それを助けるのが助産婦の仕事」などとのたまうそうだ。こういう人は「助医婦」と名称を変更すべきだろう。
 繰り返しになるが、子宮収縮剤は医師による持続監視が必要な薬であり、これを使用することは必然的に医師が分娩を全面的に管理することを意味する。したがって、その病院がそういうお産しか行なっていないのだとしたら、そこにいる助産婦は全員「助医婦」なのだということもできる。こういう人たちは、何を考えて「助産婦」になったのだろう。
 勝村さんの裁判で証言台に立った助産婦もそうだった。医師の指示でやりました、いつもそうしています、言われた通りに書きました、etc.……。ちなみに彼女は、弁護士に「なぜ分娩監視装置をつけなかったのか」と聞かれた時、先に答えた医師と同様「これまでそのやり方で問題が起こらなかったので」と答えていたが、証言の最後のほうで裁判官に再び問われた時は「これまでも子宮収縮剤を投与して緊急帝王切開になった例がある」と、ついうっかり口をすべらせてしまっていた。おそらく、証言も「医師の指示で」ウソをつくことになっていたのだろう。
 周知の通り、助産婦は正常なお産であれば、医師がいなくとも自分の判断だけで扱うことができる。それが助産婦の誇りでもあり、仕事のおもしろいところでもあるはずだ。ところが彼女らは、その自分たちが誇りをもって扱うべき正常な妊婦を目の前にして、医師が不要な薬を使用して彼らの管轄へと連れ去ってしまうことに文句を言わないばかりか、よろこんで彼らの手足となり、妊婦の出産メカニズムを乱す薬を自ら注射している。きっとそのほうが責任もなくてラクなのだろう。
 再び問いたい。こういう人たちは、何を考えて「助産婦」になったのだろうか。

ひとりひとりのお産

 僕のつくる雑誌『トリートメント』で「産科医療への疑問」という特集を組んだ時、たくさんの人の出産体験を聞き、いろいろな体験集なども読んだ。そして、自分も実際にお産を体験してみて改めて深く感じたのは、言い古された表現ではあるが、やはり「お産は人それぞれ」ということに尽きる。
 体質や体力・気力、母体・胎児の状況、準備の度合いや環境なども人それぞれだし、その人の考え方・生き方がお産の方法に表れるとも言えるだろう。だから、一概に「どこで産むのがいい」とか「こんな産み方がいい」とかは言えそうにない。
 となると、その人なりの“納得できるお産”を実現できるよう援助するのが、お産にかかわる専門家の仕事であると考えることができるだろう。

 子宮収縮剤を使った一律な分娩操作が広まってしまった今だからこそ、そんな“本物の”助産婦や産科医に活躍してもらいたい。その妊産婦とその援助者とのいい関係の中からだけ生み出される“いいお産”を実践していってほしい。

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