ふしぎ山
烏帽子岩山 えぼしいわやま
広島県呉市、408m

 忘れてた。
 去年の夏、広島県の三倉岳黒滝山に登って「真夏の低山なんか登るもんじゃない」ということを思い知らされたのに、どういうわけか今年もまた来てしまった広島の低山・・・。

 ぎんぎん猛暑の午前11時、広島と呉の中間にある天応という駅で下車して歩き始める。なんかここにエボシのように尖った岩山があるらしいんだが、どこにも見えないぞ。
 線路沿いに北上して高速道路の下をくぐり、Uターンするかたちで側道を南下する。あまりのカンカン照りに、気力なえまくり。
 料金所の横を通り過ぎて坂を下りたところに、登山口の看板を発見。

 
(左)広島呉道路の天応料金所の横を通る   (右)振り返ると正面に天狗城山

 このあたり、弥生町という住宅地だが・・・おわっ、いきなり見えたよ、あれだな烏帽子岩。すげー、鋭く天を突き刺しているぞ。先っちょピンピンのプチ槍ヶ岳だ。
 ダレ切った心身が一気に目覚め、気分が高揚してくる。坂を登っていくと住宅地の最後に広場があり、墓地が現われる。ここが登山口、駅から15分ほど。

 
(左)弥生町の住宅地から。右側のドームが山頂のある本体   (右)墓地あたりから

 
(左)烏帽子岩拡大   (右)赤線が歩いたルート

 このあたりの山は全体に露岩が目立ち、樹木は貧相。黒滝山などと同様、歴史的オーバーユースで土壌が失われた、典型的な瀬戸内沿岸の山だ。

 この烏帽子岩の存在感はすばらしいが、地形的には右の地味なドームのほうが本体で、烏帽子岩山という名前。子どもが目立つために、親に子どもの名前がついている。「ムーミンパパ」「バカボンパパ」と同じだ。俺も保育所では「丘ちゃんパパ」だったけど。

 登山道は烏帽子岩を通り、その上にあるドンガメ岩を通過して、地味なムーミンパパ山頂へと続いているようだ。烏帽子岩のてっぺんに立てるのかどうかはわからない。
 最近、低山の場合は探検気分を味わうために事前にあまり調べず、現地判断することにしてるしね。

 しばらく樹林の中の小道を歩く。メタクソ暑い。それにここ数日は誰も登ってないのか、クモの巣だらけだ。小枝を手に持って体の前でぐるぐる回しながら歩かないといけない。
 墓場から15分ほどで森を抜け、岩稜に出た。すると展望が開け、広島湾や江田島などがよく見える。
 でもすでに汗ボトボト、ここで早くも休憩だ。頭上には烏帽子岩が聳え立つ。

 
(左)なんか墓地から見たのと形が違うけど・・・?   (右)本体の中腹にはクロナメラと呼ばれる岩壁

 一息ついて、いよいよ烏帽子岩を攻略だ。ところどころに低い松の木が生えた、急角度の岩尾根を直登する。ところどころに赤ペンキがついているが、緊張するような場所にもロープや鎖は一切ない。
 頂点を目指して尾根の切っ先を登っていくと、やがて赤ペンキが見当たらなくなり、ルートが妙に険しくなってきた。本来のルートはこの岩稜のどっちかに迂回するのかな。でも行けるところまでこのまま行ってみよう。(注:よい子は必ず戻ってペンキを探しましょう)

 
(左)ほとんど垂直に感じる岩稜を登る   (右)右の向かいは迫力のクロナメラ

 左右はロッククライミングが行なわれる岩壁で、打ち込まれたハーケンやアブミが見える。それらに挟まれて切り立つエッジを慎重に登る。緊張で神経が張り詰める。
 そのうちシャレにならないほど厳しくなってきた。手足のほかにヒジやヒザも使って筋肉の瞬発力で登る。ははは、もう戻られへんでこんなとこ。

 やがて3点確保しつつ左手で手がかりを探っても、つかめるところがなくなった。見上げると、ぎりぎり手が届く岩の隙間にハーケンが打ち込まれているのが見える。
 ハーケンにはロープやカラビナを通す穴があいている。その穴に左手の人差し指を差し込み、左腕の力で身体を吊り上げて、その状態で足場を探る。
 まあ冷静に考えたらハーケンの存在は、素手で登る場所ではないということを意味するわけだが、でももうテンション上がっちゃってるから。

 
(左)てっぺんのワレメ目指して集中力で突き進む   (右)左横の絶壁、下のほうは怖くて見れない

 
(左)あともうちょい!   (右)あ〜も〜無理

 全能力を使って頂上ピークと思しき岩の直下まで登ったが、そこからはどうしても登れない。ここまでだな、よくがんばったよ俺。

 記念にそこからの眺め。広島湾と江田島

 さて、これ以上進めないけど今来たルートを戻るのも危険すぎる。どうしようかと慎重に周囲を探ると、右側のクロナメラ方面の下のほうに踏み跡らしきものが見える。あそこまでなんとか下りよう。
 右に少し下って、慎重に岩の裏側へ回り込む。

 
(左)裏側から、これが烏帽子岩の頂上か・・・登る手がかりなし   (右)目指した岩の割れ目から

 さらに右へ下ると、下から上がってくる赤ペンキ矢印に出くわした。やった、本来のルートに出たぞ。これで次はドンガメ岩に向かうわけだな。
 少し登ると、見晴らしのいい岩のテラスに出た。あーもう限界、ここで休憩だ。リュックを下ろして、これから進む方向を見上げる。

 すると、こんなものが見えた・・・。

 うっそ〜〜〜!!!!

 ははは。じゃ、さっき苦闘したのは・・・烏帽子岩のずっと手前の、たんなる「岩」だったっていうの?

 力が抜けた。気がつくと手足が少し震えている。さっきの岩場でふだん使わない筋肉を使いすぎたんかな。
 ビショビショのシャツもズボンも靴下も脱ぎ、パンツ一丁でへたり込んで大休止。

 びしょ濡れシャツを干して海を眺める

 10分ほど休むと手の震えも止まった。いよいよ本当の烏帽子岩に行くか。びしょびしょのTシャツを着るのが嫌で、上半身ハダカのままリュックを背負う。
 ここからも右に迂回ルートがありそうだったが、もうこうなったら意地の直登。ここも厳しいが、さっきの岩よりはマシだ。

 
(左)なんか楽しくなってきた   (右)もうあと一息!

 
(左)矛先は直登できないので右から背後へまわる   (右)背中から這い上がってついに頂上へ

 最後の亀頭のような岩は後ろから這い上がり、今度こそ本物の烏帽子岩の頂点に達した。
 てっぺんは細くて狭く、この標高としては驚くべき高度感。最高点は手のひらサイズの盛り上がりになっていて、その向こうに瀬戸内の大パノラマが繰り広げられている。

 周囲が切れ落ちている恐怖で、最初は岩に這いつくばったまま手を伸ばして最高点にタッチするだけで精一杯だった。でもニンゲン偉いもので、数秒後には帽子を置いて写真を撮ることを思いつき、しばらくしたら立ち上がって頂点を踏みつけ、真下を覗き込むこともできるようになった。
 見下ろすと、登ってきたルートがほとんど垂直であることがわかる。

 
(左)烏帽子に帽子   (右)てっぺんに足を置き、登ってきた真下を見下ろす

 背後の東側を見ると、これから向かうドンガメ岩と、烏帽子岩山本体の山頂が迫る。
 北側には上山、これも土壌の乏しい岩がちな山だが、風化した尾根には細い小道が見える。下りはあの道を使おうかな。

 
(左)左の四角いのがドンガメ岩、右のゆるいピークがバカボンパパ山頂   (右)北隣の上山、尾根に小道が見える

 烏帽子岩とドンガメ岩との間はザックリと切れ込んでいて、そこへ降りるのにやや苦労する。切れ込みから這い上がって登っていくと、ドンガメ岩が立ち塞がる。高さ3mほどの、人間が加工したかのようにきちっと四角い岩が2つ密着している。

 
(左)四角いドンガメ岩が現われた   (右)高砂の石の宝殿を思い出す

 右から背後に回ると、岩の隙間のあたりに1本の短いロープが垂れ下がっている。
 リュックを下ろし、ロープをつかんで登ろうとしたがけっこう手ごわくて、上半身ハダカのため右ひじを少しすりむいた。やむなくビショビショの長袖Tシャツを着て再度挑戦し、なんとかドンガメ岩の上に立つ。
 岩上はまな板のようにまっ平らで、6畳+4畳半くらい。眼下にさっき登った烏帽子岩を見下ろし、その向こうに雄大な広島湾の風景が惜しげもなく全面展開する。

 
(左)ドンガメ岩から下がるロープ   (右)烏帽子岩。右の岩溝から下りた

 さて、ここで岩稜も終わり、あとは貧相な森をムーミンパパまで登っていくだけのようだ。低い山だけど、ちょっとした冒険だったな。槍ヶ岳よりもスリルがあったぞ。
 少し登ると、ドンガメ岩と烏帽子岩をきれいに見下ろせた。

 靴底みたいなドンガメ岩と烏帽子岩が重なる

 あとはまたクモの巣を払いながら貧弱な森をゼイゼイ登るのみ。南北に連なる稜線に出ると立派な登山道があり、南へとって間もなく烏帽子岩山の頂上に着いた。
 頂上にはケルンが積まれ、小さな芝生の広場もある。ここからは広島湾の反対の呉湾も見えるが、暑さのあまりかすんでいた。

 バカボンパパの頂上ケルン

 それにしても暑い。体が燃え立つようだ。
 海の横のたった400メートルの山だから1時間少々で登れるだろうと思ってたが、天応駅から2時間10分もかかったよ。もーバテバテだ。
 ここで再びパンツ一丁。そしてびしょ濡れのTシャツを草の上に広げ、その上に倒れこむように大の字になる。

 目を閉じて、呼吸を整える。山頂を渡る風を受けるために、寝たまま手だけを空へ差し出す。
 山と組み合ったあとでこうして山頂で大の字になると、このまま大地と一体化できそうな気がしてくるから不思議だ。
 おもしろい山だったな。

 しかし、どうせすぐ登れるとバカにして、食べ物を何も持って来なかった。腹が減った。喉も渇いてるけど、お茶ももうほとんどない。
 15分ほど寝ていたらバテも回復した。さっさと下りよう。

 上半身ハダカのまま来た道を少し戻る。登ってきた烏帽子岩への道をやりすごしてそのまま稜線を北上し、10分ほどで上山(391.7m)の山頂に着いた。
 道標はないが、烏帽子岩から見えた風化尾根らしき道を見つけて、どんどん下りる。

 途中、烏帽子岩、ドンガメ岩、烏帽子岩山頂上を横から眺められるところがある。こうして見ると、烏帽子岩はずいぶん低いところにあったのだな。それに、思ったよりちっぽけ。

 
(左)左のピークが山頂で、ドンガメと烏帽子は右下のほう   (右)拡大、左の平たいのがドンガメ、右が烏帽子岩

 思ったとおり、この尾根は風化が進んですべって歩きにくい。ハダカなので、こけて怪我しないよう慎重に下る。それにまたもやクモの巣だらけ、ちょっと油断すると顔にベシャー。
 さらに下ると、登山口の弥生町からはあれほど存在感のあった烏帽子岩も他の岩にまぎれてしまい、バカボンパパから派生する岩稜の一部にすぎないことがわかる。

 
(左)下山途中、どれが烏帽子岩かわかりにくくなる   (右)登山口の墓地についた。さらば烏帽子岩

 バカボンパパの山頂から45分で、墓地まで下りてきた。ここでまたシャツを着る。喉が渇いて死にそう。
 駅前まで戻ってようやく自動販売機にありつき、350mlを一気飲み、さらにもう1つ。体がみるみる蘇る。夏場は低山でも飲み物をたっぷり準備しとけとの教訓ぢゃ。むろん食べ物も必要ぢゃ。
 でも楽しかった。  (06.8.3)
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