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| 2008年4月、登頂編です。 (この山の全体像および出会いは2006年12月、挫折編参照) |
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いよいよこの日がやってきた。あこがれの礫岩への再挑戦だ。 礫岩はたった287mの小さな岩脈だが、とにかくアプローチが不便で、どこからどう取り付いたらいいのかわからない強敵だ。 前回の失敗レポートの最後に「登頂された方、ぜひルートなどを教えてください」と書いたら、何人かの方が情報をくださった。 中には、45年以上前に登ったルートの登り口あたりまで行って写真を撮ってきてくださった方もいる。 そこで今回はこの方が教えてくださったルートでアタックすることにした。 (前回同様、天然記念物保護のためにルート詳細はぼかします) 9:00佐世保発の船に乗り、42分で平戸島南部の前津吉(まえつよし)港に上陸。ここからは交通機関がないので、山の麓までひたすら歩くほかない。 ![]() (左)アンギラス島(高島)の鼻先を通る (右)1年半ぶりの前津吉港 ![]() (左)平戸島の西岸に出た。鮎川町のれんげ畑 (右)大佐志からの礫岩 前回は津吉から峠を越えて早福に出て、礫岩の西側から攻めた。 でも今回は東側の大佐志から、教えていただいた錦ヶ浦(きんがうら)という海岸に出て、そこから攻める計画だ。 船を下りて約1時間半、てくてく歩いて大佐志最奥の人家に辿り着いたのは11:12だった。そこから踏み跡を辿って10分たらずで、錦ヶ浦と思われる海岸に着いた。 ![]() (左)わりにしっかりした踏み跡 (右)錦ヶ浦に出た ここからは目指す礫岩がよく見える。じっくり観察した。 怪獣のような礫岩の尻尾は、急角度で海に落ち込んでいる。あそこから登るのは不可能だろう。 岩脈の真ん中あたりに、前回も気になったあの奇妙な岩塔がツマヨウジのように立っている。まずはそこに辿り着けるかどうかが第一の難関だ。 奇妙岩塔の左に小高いピークがある。これを中央ピークと名付けよう。そのすぐ左にキレットのような部分がある。ここが第二の難関かもしれない。 そこを越えれば、左端の頂上までは平坦な尾根に見える。 ![]() (左)山容東面、左(南)端の部分が頂上 (右)右端(北)は海に落ち込んでいる ![]() (左)奇妙岩塔を拡大 (右)中央ピークの左(南)にあるキレットを拡大 それにしてもこの錦ヶ浦、岩だらけ。岩場にロープが垂らされたところもあるが、緊張を強いられるところも多く、海伝いに進むのはかなり骨が折れる。 ![]() (左)岩づたいに進むが・・・ (右)真っ黒な石の浜に出た 岩場をへづっていると、ふいにデコボコの岩がむき出しになっているところへ出た。この礫岩(れきがん)集合体はまぎれもなく礫岩(つぶていわ)の一部分だ。 さらにキワドイ斜面をへづって行くが、まもなく断崖に出て前進不可能になった。海伝いはこれ以上無理だな。錦ヶ浦に出て25分、ここでUターン。 ![]() (左)礫岩だ! (右)前進不可能ポイント しかしこの時すでに11:45。そういや前回はたしか11:35で撤退を決めたのに、今回はそれより遅くなってるぞ。しかもまだ全然登ってないし。 帰りの船は16:00なんだけど、無理かも〜。 ある程度戻り、しゃにむに上方の森へとよじ登った。すると森の中に踏み跡が錯綜している。それをたどって西へ進む。 小さな尾根に出たと思ったら、1年半前に何本も見つけた「平戸礫岩の岩石地域植物群」の天然記念物指定地を示す標柱が登場した。 やったぞ、ここが礫岩へ登る尾根に違いない! ![]() (左)森の中の踏み跡を中腰で進む (右)天然記念物の標柱 尾根を登ると、すぐに礫岩集合体にぶつかった。これを直登するのは厳しいな。迂回路はないか、と右側を探ると・・・。 ![]() (左)立ちはだかる礫岩集合体 (右)あれっ? まだあんな遠くに・・・ なんと、目指す主稜線と奇妙岩塔はずっと遠くに見えているではないかい。この尾根は礫岩の本体ではなかったのか・・・。 標柱まで戻って、さらに西の谷へ下りた。不明瞭な踏み跡を拾いながら登ったり下ったりバリバリと進む。 12:20、また沢を渡った。おそらくこれが主稜線に至る最後の谷ではないか。 ![]() (左)沢を渡る (右)向かいの斜面をがんがん駆け上がる 時間的にもあせりながら、道なき斜面をイノシシのように突進していた俺の目の前に、突如として荘厳な大規模光景が立ちはだかった。 ![]() 巨大な磐座(いわくら)だ。 磐座とは、アマテラス信仰が上陸する以前の日本で広く信じられていた、大地の裂け目から神が出入りするという土着信仰の遺構だ。そのルーツは火山崇拝にあるものと思われる。 荒い息で呆然と立ち尽くす俺を、沈黙の霊気が威圧的に取り囲む。 ![]() (左)ふしぎな形のなめらかな石 (右)祠の中には「大山住神」と彫られていた どこをどう進んでいるのかもわからないときに突然こんな遺構に直面すると、頭に冷水を浴びせられたような衝撃を受ける。 この地の人々は大昔から、オオヤマズミの神に会うために、ここまで道なき道を通っていたのだ。 この先、またもやルート選択を誤ったようで、めくら滅法のきついヤブコギで突破した。 磐座から10分ほど苦闘したところで、ついにジャングルを抜け出し、見晴らしのいい岩稜に出た。これぞまぎれもなく、主稜へと連なる尾根だ。 予想以上に手間取ったなあ。ここで15分ほど休憩しておにぎりを食った。前回と同じように、おいしそうなカンゾウが風に揺れている。 ![]() (左)岩稜に出た (右)これから向かうキレットから山頂方面 ![]() (左)錦ヶ浦方面を振り返る (右)尾根続きに奇妙岩塔が見えている 本日の本題にやっとたどり着いた喜びではちきれそうになりながら、颯爽と岩尾根を進む。灌木を縫うように続く踏み跡は、間違いなく礫岩へと登るルートだろう。 やがて尾根は灌木に閉ざされ、踏み跡は左の谷へといったん下る。そのまま源頭部を突き上げたところが、礫岩主脈の、奇妙岩塔と中央ピークに挟まれた狭いコルだった。 奇妙岩塔の方向(北)には大きな岩塔が突き立っている。奇妙岩塔の前衛のようだが、こいつは登ることも迂回することも困難だ。 時間もないので奇妙岩塔まで行くのはあきらめ、山頂方面へと続く中央ピークの登りに取り付いた。 ![]() (左)奇妙岩塔の手前(おそらく)に立ち塞がる岩塔 (右)中央ピーク側(南)へ向かう しかしこの登りは、全行程中もっとも危険だった。 急角度で立ち塞がる礫岩のデコボコを、三点確保でつかみながら体をずりあげてゆくが、随所にトゲトゲの痛い灌木が生えていて難儀する。 しっかり選んで掴んだはずの岩がボコッと取れて、目もくらむような右下の海へ向かって落ちてゆく。あわてて残り3点で体を確保した瞬間、自分の体重の重さにたじろいだ。だめだ、生きて帰れたらあと5kgほど体重を落とそう。 アドレナリンとカテコラミンを噴出させまくった末に、中央ピークの頂上に出た。 そこには、懐かしくも素晴らしい風景が広がっていた。 ![]() (左)中央ピークの登り、頭の中は「どの石を掴むか」のみ (右)中央ピーク頂上から五島列島方面を見る ![]() (左)振り返れば奇妙岩塔がそびえ立つ (右)早福だ! 1年半前の冬には厳しく吹き付けた風も、今日はやさしく俺の頬をなで続けている。 礫岩の春だ。 そして、これから進むべき道全部が惜しげもなく俺の前に展開した。こういうときの高揚感を、山に登らない人に説明するのは難しい。 礫岩山頂への岩稜線まるで日本アルプスの稜線のようだ。わずか287mの山とはとても思えない。こんな山が他にあるだろうか。しかも、かすかな踏み跡のほかに、人間のにおいを感じさせるものは何もない。 からだじゅうに漲る力と、胸いっぱいの幸福感を、足の運びとバランスに集中させてじっくり進む。 ![]() (左)中央ピークを越えて振り返る (右)この岩は慎重に下りる 下から見たときは危険そうに見えたキレットも、深い切れ込みは東側だけで、西側はピョンと飛んで難なく越えることができた。 ![]() キレット。写真下部で飛び降りたら楽勝 ![]() (左)さらに進んで、中央ピークと奇妙岩塔を振り返る (右)奇妙岩塔を拡大したら・・・! ここに来て、奇妙岩塔の正体が判然とした。なんと写真の通り、2本のチ○ポ岩がもたれあっているのであった(以後、奇妙岩塔は変態岩と改名する)。 チ○ポにも人によって個性がある。この2本はそのありさまを余すところなく表現している。しかも、くどいようだが、2本が寄り添っているとは・・・こんな山の上で爆笑させないでほしい。 ちなみに俺のがどっちのタイプに近いのかについて知りたい方は、履歴書に写真添付のうえ5万円を添えて送って来られたし。 その先で稜線は灌木に覆われるが、うまくその中を縫って踏み跡が続いている。 灌木が切れたところで、目前に山頂と思しき岩の突起が見えた。 13:30、山頂到着。 ![]() (左)あの突起が山頂だ (右)突起上の最高点は手の平サイズだった ![]() (左)最高点の窪みに植物のタネがあった (右)山頂の南に階段状に続く怪獣頭部と佐志岳 ![]() ![]() 早福方面の眺め(真ん中1cmほどだぶってます) ![]() (左)懐かしの志々伎山 (右)早福北方の海を拡大。こんな距離からでも底まで見える 全島が天然記念物の阿値賀島 ![]() (左)歩いてきた稜線と中央ピーク、変態岩 (右)錦ヶ浦方面 ![]() (左)山頂部にはイワヒバ多し。丸まっているが雨が降ると開くらしい (右)何か知らないが灌木の花 2年越しでたどり着いた山頂は感無量だ。世界中で、俺と礫岩が2人きりで触れ合っている。 何時間でもいたいと思ったが、帰りの船の時間が気になるので、泣く泣く20分ほどで離れた。 登ってきた稜線を戻り、いちばん危険な中央ピークの下りも再び手こずりながらこなして、どんどん下る。 登りのときにはわからなかった踏み跡も発見し、快調に下ったが、あの磐座はなぜか通らなかった。 ![]() (左)登りでは通らなかった急坂を下る (右)歩いた稜線を振り返る しかし時間を気にして飛ばすあまり、錦ヶ浦のあたりでまたルートがわからなくなった。どこかで大佐志への踏み跡を見逃してしまったらしく、錦ヶ浦より東側と思われるワケのわからん海岸に下りてしまったりした。 自分の愚かさを呪いながら、木の根やツルにすがって再び斜面を登り、どうにか大佐志最奥の民家まで戻ったのが15:06だった。 ![]() (左)大佐志の手前で養豚場の廃墟みたいな建物の中を通った (右)大佐志から頂上を遠望 16:00に船が出る前津吉までは歩いて1時間以上かかる。15:25まで歩いたところで、通りかかった車をヒッチした。 乗っていたウニ獲り帰りのじいさん3人組は、前津吉まで送ってくれた。おかげで俺は無事に船に乗ることができた。 本当は平戸で1泊したかったけど、佐世保の宿に荷物を置いてきたからなぁ。汗まみれ土まみれだが、このへんには着替えを売っている店もない。 ともあれ、念願の礫岩の頂上に立てた俺は、これまで以上に夜ぐっすりと眠れるようになった。 これも情報をお寄せくださった方々のおかげ。その方々と、礫岩に、平戸の小学校6年生・栗山真紀ちゃんのこの言葉を贈りたい。 (登山日:08.4.8)*前回の挫折編でも書きましたが、礫岩は固有の絶滅危惧植物がひそやかに生息する貴重な山域です。くれぐれも少人数で、丁寧に登ってください。もしも盗掘する人を見つけたら、有無を言わさず殴りつけたうえで警察に通報しましょう。 |
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