ちぎれそうなところ
粟島(あわしま) (香川県三豊市) 2009.3.15 
春だ。瀬戸内の島へでも行こうかな〜ルンルンっ。
と地図を眺めていた俺は、いきなり「ふざけるなっ!」と叫びそうになった。

香川県西部・荘内半島の北あたりの海上で、
3つの島が2つのトンボロでくっつき合っている。
なんやねん、これ。

俺はさっそくジャンボフェリーで高松へと向かい、
とりあえずうどんを食った。

 
赤線は歩いたルート
高いところから眺める(城ノ山)
 高松からJRで1時間ほどの詫間から、三豊市のコミュニティバスに乗って須田港へ。
 このマイクロバスはどこまで乗っても100円だよ、うれしいねぇ。赤字で廃止された民間バス路線を自治体(旧詫間町)が引き継ぎ、値下げと増便と路線再編によって乗客3倍増を果たしたという優良バスだ。俺はこういう志にあふれた行政を圧倒的に支持する。ビバ、三豊市!

 須田港から粟島まではわずか15分の船の旅だ。粟島が近づくにつれ、早くも東側のトンボロが眼前に迫ってくる。

 
(左)さらば四国よ    (右)あのペッタンコ部分が中新田トンボロだな!

 
(左)あれがこれから登る城山だな    (右)粟島港に着いた

 粟島は、中心集落のある本体の島に、北と東の小ぶりな島がそれぞれトンボロ砂州でくっついている。
 本体部分にある城ノ山に登ったら見晴らしがいいらしいので、まずはそこを目指した。

 粟島集落を抜け、学校の横からよく整備された尾根道を20分ほど登ると、難なく頂上(222.1m)に着いた。頂上部分には東屋と展望台があって、どちらもメタメタにサイコーの展望が広がっている。ダブルトンボロが丸出しでんがな。
 トンボロもいいが、おだやかな瀬戸内の多島海風景がたまらん。

 
(左)登りやすく整備された登山道    (右)あの岩が頂上だな


粟島港のある中心集落(手前)と東側のトンボロ、手前の山が少し邪魔している

 さらに上に展望台、あそこが真の頂上だ



北方向の阿島トンボロ、けっこう人家がある

 
(左)荘内半島    (右)詫間の町と讃岐の山々


北(左)と東(右)のダブルトンボロ

 上写真を見よ。トンボロファンにとってじつに贅沢な光景だ。ま、トンボロファンなんか日本に俺一人しかおらんやろけど、たぶん。

 左(北)側のトンボロは、阿島山という山が1つの島をなしていて、それがしっかりした砂州で本体の島とつながっている。砂州上にはけっこう家が集まっていて、地図によると「西浜」「東風(こち)浜」という2つの地名が書き込まれているが、港湾や埋め立てによる自然改変はほとんどなさそう。じつに美しい。
 これを便宜上「阿島トンボロ」と呼ぶことにする。

 いっぽう、右(東)側のトンボロは、紫谷山を中心とする島が細い砂州で結ばれている。こちらの島には東岸にいくつかの集落があり、トンボロ砂州付近にも中新田という集落があるが、砂州自体は非常に細くて人家はなさそうだ。
 こちらは以下「中新田トンボロ」と呼ぶことにする。
阿島トンボロ(西浜)
 城ノ山から下りて、さっそく阿島トンボロへ向かった。

 
(左)小さな峠を越えてゆく    (右)道にこんな廃ブイ人形がたくさんある

 
(左)見えてきた西浜集落、もうすぐ桜が咲きそう    (右)かっこよく海が登場だ

 民家が数軒密集する

 
(左)南にはさっき登った城山    (右)北には阿島山

 天気はいいが、西風が強く吹きつけていて、波はけっこう高い。泳ぐにはちょっと怖いレベル。
 浜に沿って阿島山のほうへ北上すると、右側の人家が途切れて、建物がポツリ、ポツリとなる。このあたりから完全なトンボロ砂州地帯だ。

 粟島ホームページによると、この砂州には民宿が1軒と、なんと居酒屋が1軒あるらしい。それはなんとしてもこの居酒屋で飲まねばなるまい。そこで出発前にこの居酒屋に電話してみたら、残念ながら「もうやめたんです」とのことだった。

 
(左)粟島出身の偉い人(環境運動家の弁護士)の石像がある    (右)居酒屋「さくら」をやってた家、たぶん

 
(左)右手に集落が現れる。ここに民宿がある    (右)トンボロ砂州のどんつき

 
(左)道は右へカーブする(振り返って見たところ)    (右)坂を登ると東風浜のはず

 この砂州は阿島への接続部分が最も幅が狭くなっている。阿島には集落も道もない。西浜沿いの道はここで右に曲がり、東風浜へと抜けている。
 ゆるい坂を登り、西浜から50mくらいで頂点に立った。目の前に東風浜が見えた。
 その幅、わずか100mほどしかなさそうだ。

 
(左)坂の上から西浜を振り返る    (右)そして前方には東風浜が!
阿島トンボロ(東風浜)
 東風浜へ出る前にふと横を見ると、坂の頂上付近に「←観音」という小さな標識があり、阿島に向けて山道が続いていた。これを登るともしかしたら砂州の全景が見渡せるかもしれん。
 そう期待して急坂を登ってみた。草は刈られているがあまり歩かれている様子はない。とにかく登っていくと、道は湿地の脇を通ってどんどん奥へと続いている。
 やがて路傍に点々と観音や石仏があらわれ始めた。どうやらミニ八十八か所霊場になっているようだ。

 
(左)直登する    (右)石仏や観音さんがいっぱい

 
(左)周囲が竹林になる    (右)中腹の脇道にも

  
(左)これが「1番」だったかな?    (右)うーんマンダム、と言ってしまうお年頃

 人気のないこんな離れ小島の山の中に、これだけの石仏を彫って運び込むのはたいへんな労力だったろう。
 しかし汗をかいて15分ほど登れども期待した展望はまったく得られず、これ以上登ってもおそらく見えないだろうと諦めて元の道に戻った。

 そして東風浜に出た。
 美しい浜だ。これまでに見た瀬戸内の浜でもっとも美しいかもしれない。

 むおっ! 正面は高見島

 
(左)北を見る。左はさっきの阿島山    (右)南を見る。中新田トンボロの向こうに四国の山が見える

 がぼちゃ1ヶのほかにゴミ一切なし

 小さな桟橋があった

 こじんまりとした浜辺だが、水は瀬戸内海とは思えぬ透明度。風景もまるで絵はがきのようだ。そして西浜ではあれほど風が強かったのに、ここはほとんど無風。波もまるで湖のように静かだ。
 浜辺に腰を下ろしておにぎりを食い、しばし放心した。

 東風浜は行き止まりの浜で、ここからはいったん西浜へ出ないと粟島の中心へは戻れない。背後には東風浜の集落が30〜40軒ほど密集している。
 集落の中の狭い道を通ってトンボロ砂州を再び横断し、西浜へ戻った。このあたりで砂州の幅は200mくらいかな。

 
(左)狭い路地を抜けて西浜へ戻る    (右)砂州の中に畑あり

 
(左)密集する家々    (右)西浜と東風浜の間あたりの畑

 
(左)西浜に出る    (右)西浜側は集落の端に塀がある

 西浜も出たとたん、再び強い風が体に吹きつけてくる。相変わらず強く波も高かった。

 阿島トンボロの砂州は、東西ともに堤防が築かれているが浜自体の自然度は高い。そして何より印象的だったのは、わずか幅100mかそこらの砂州の東西で気候がまったく異なったことだ。
 別々の地名がつけられているのもうなづける。
中新田トンボロ
 粟島の中心集落に戻り、今度は東側の中新田トンボロへ向かう。島の南岸沿いの道を歩いて行くと、10分ほどで見えてくる。

 
(左)養殖いかだ    (右)中新田トンボロが見えてきた

 
(左)南側の港    (右)このあたりはまだ左手が丘になっている

 しばらく左に人家の立つ丘が続き、丘が切れたところの交差点でいきなり北岸の海が見えた。ここからが砂州だな。
 この砂州は狭い。幅50mくらいしかないぞ。南岸に狭い舗装路があり、中央に照葉樹が茂っている。

 
(左)ここからだ。はやくも北岸が見えてきる!    (右)振り返る。ここまでが本来の粟島本体と思われる

 
(左)南岸の桟橋から北を見る。スキマに見える木は北の浜に生えている    (右)逆に北岸から南を見る

 
(左)北の浜。完全な自然海岸    (右)南の浜。道路やイカダはあるがほぼ自然海岸

 
(左)砂州の砂、これが「トンボロの町」の実体だ    (右)砂州上にも地蔵が祀られている

 この砂州は自然そのもの。本来のトンボロの姿がよく観察できる。とくに北岸には港もなく、端から端まで砂浜のみ。
 しかしこんなに狭いとさすがに人は住めない。

 砂州の東には神社がある。石段の上から砂州が見えるかなと思ったが、見えなかった。

 
(左)波打ち際に鳥居があり    (右)海から参道が続いている

 
(左)この上から砂州が眺められるかな?    (右)神社拝殿

 参道から見た鳥居

 しかしさっき登った城ノ山からもこの細い砂州自体はイマイチよく見えなかった。高いところからじっくり眺めたい。
 正面の紫谷山は露岩が多く、頂上からはモロ見えっぽい。それで登ろうと試みたのだが、近年山火事があったようで登山路はふさがれ、おまけに焼け跡にイバラなどのトゲトゲ系がはびこり始めている。
 それでも登れるルートを探して冒頭地図のごとく何ヶ所かで試みたが、ついに諦めた。

 
(左)紫谷山の頂上からよく見えるだろうが・・・    (右)山火事で登路消滅

 最後に砂州西側の丘の上にも登ってみたが、ここは低すぎて民家が邪魔になり、全然だった。

 丘の上の住宅地から南の港を見る

 以上、贅沢なダブルトンボロ散策とともに春の瀬戸内のさわやかさを胸いっぱいに吸い込んだ島の旅であった。
 あ、それと粟島の集落は路地や建物が風情たっぷりで、歩いて楽しい島だった。そのたたずまいの様子はまた別のレポートで。

 おしまい。(記:09.4.7)
このページの頭トンボロの町へちょっとした旅ホーム