・・・★  勝村久司  ★・・・

第17回 ブラックホール

 白鳥座のデネブ、こと座のベガ(織姫)、わし座のアルタイル(彦星)の夏の大三角形は、七夕の頃よりも初秋が見頃です。
 ふたりの恋人の間の、白鳥の首の辺りにはブラックホール「白鳥座X−1」があります。ブラックホールからは光が出てこないので見えないはずですが、何も見えない所に、近くの別の星の大気がすごい勢いで吸い込まれていく姿がX線で観測され、その存在がわかりました。

「何かイヤなことがあったときに、『ち、ち、地球なんて…、大っ嫌いだぁー』と叫んで、思いっきりジャンプしても、たった50センチほど地球から離れるのが精一杯です。バレーボールの選手は1m程ジャンプできるみたいですけど、あなた、垂直跳び何pくらいですか」
 と高校の地学の授業で聞きます。私たちは、地球の重力に捕らえられていて、なかなかそこから脱出できません。地球の表面にへばりつけられたまま一生を終えるのです。

「この世は2次元の平面だ」と思いこんでいたカエルが井戸にはまると、その小さな世界だけに閉じ込められてしまうように、3次元の世の中を自由に動いているつもりの私たちも、広い宇宙を前にして、地球という狭い世界に閉じ込められています。地球の引力が空間を4次元的に曲げているからです。

 では、どれくらいのジャンプ力を持てば、地球というアリ地獄から脱出できるでしょうか。
 それには秒速7.9km以上の初速度が必要です。これは時速で言えば約3万km。西武の松坂投手は時速150kmのボールを投げるそうですが、その200倍の速さで、エベレスト山頂からボールを水平に投げたら、地球を一周して戻ってくるようです(空気抵抗を無視した場合)。
 でも、たとえそのボールが人工衛星になったとしても、地球の周りを回っているうちは地球の引力から完全に脱出できていません。本当に「地球よ、さようなら」となるためには、秒速11.2km以上の初速度が必要です。

 地球よりも、もっと大きな重力を持つ星の場合はどうでしょうか。
 太陽の30倍以上の質量を持つ大きな星が一生を終え、超新星爆発した後に中心に残る天体は、非常に高密度で大きな重力を持っています。そこから脱出するには、秒速30万kmという光の速さでも不可能なのです。
 これをブラックホールといいます。
 ブラックホールは穴ではなく、重力の極めて強い天体なのです。

 アインシュタインの相対性理論によると、どんなものも光の速さに近づいていくと、質量が無限大、長さが0、時間は停止、に近づき、光速を超えることはできません。つまり宇宙では光が最も速い。
 その光さえ脱出できないブラックホールからは全てが脱出できない、というわけです。

「地球より重力の弱い月面で、『つ、月なんて大っ嫌いだぁー』と叫んでジャンプしたら、一瞬3m程は飛び上がり、少しは絵になるかもしれません。しかし、星は皆、嫉妬深い恋人のように、なかなか自由にはさせてくれないのです。地球から脱出することよりも、地球という恋人を大切にすることを考えていきましょう」


(月刊いのちジャーナル1999年10月号より)
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