・・・★  勝村久司  ★・・・

第8回 ジャコビニ流星群

 ユーミン(松任谷由美)の「悲しいほどお天気」という少し古いアルバムに、「1972年10月9日に流星群を待ったが流れなかった」という曲が入っています。

 それは『ジャコビニ流星群』と呼ばれるもので、このときは全国で大きな話題になり、多くの人が10月8日夕刻から9日早朝まで夜空を観測したようです。
 当時の新聞各紙のコピーを見ても、大きな見出しがいっぱいです。8日付では「世紀の流星ジャコビニ今夜日本の空に、心配はお天気・スモッグ」等と期待が膨らんでいる様子がうかがわれますが、翌9日付では「幻だった流星ショー」「宇宙ショー肩すかし、深夜の観測陣がっくり」「星は降ったがチラホラ、天文ファンがっかり」「星占いはニガ手? 天文台、権威失墜・不運をなげく」となっています。
 都会では企業などがネオンを消して協力し、天気が悪くても大丈夫な雲の上の富士山にまで5千人以上の人が出かけたのに、「がっくり」や「がっかり」の果てに、天文台への批判まで出されました。

 天文学者たちの誰もが、この日、流星が大出現すると考えていたのですが、それはなぜでしょう。

 実は、1933年10月9日と1946年10月10日に、ヨーロッパと北アメリカで、それぞれ1時間あたり1万個以上の大流星雨が出現しています。

 第6回の「お盆の流れ星」のところでも書きましたが、流れ星というのは、砂粒程度の宇宙のゴミが地球に衝突し大気との摩擦で燃え尽きる現象です。
 これら2回の大流星雨のもとになった多くのゴミをまき散らしたのは、共に「ジャコビニ・ジンナー彗星」です。この彗星は、約6年半の周期で太陽の周りを楕円軌道で回っており、その倍の13年ごとに、必ず地球に接近する巡り合わせになっています。
 彗星は皆、「汚れた雪だるま」なので、太陽に少しずつ溶かされながらゴミをまき散らしていきます。だから、彗星に近づくほどゴミが高密度で分布していると考えられるのです。

 1933年と1946年には、この彗星と地球は大接近しました。その13年後の59年は小接近で、流星雨は出現しませんでした。
 ところが、さらにその13年後の1972年には、1933年や1946年以上に大接近することがわかったのです。しかも軌道計算の結果、日本やシベリア等の上空での出現可能性が最も高かったのでした。
 ところが出現しませんでした。これは、ゴミが母彗星の周りに同心円状に分布していないことを示唆しています。
 実際、1985年は小接近でしたが1時間あたり数百個の出現がありました。その13年後が今年の10月8日〜9日です。この日は寝るわけにはいきません。

 7年前、大学の先生等が中心になっている天文教育普及研究会総会に、恩師に誘われ参加しました。難しい話が続く会場で、突然このユーミンの曲を流して、「ロマンティックな授業を」なんて発表し、聞く人の顔を変に和ませてしまっていた私なのですが、実は、そもそも私の卒論テーマが、このジャコビニ流星群だったのです。
 だからやっぱり、いまだにこれは青春なんです。

 
(月刊いのちジャーナル1998.11月号より)
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