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| これまでほとんど行ったことのなかった東北地方に、ついに足を踏み入れた。 東北はとにかく広い。全部まわるのは無理だし今回はどこをどうまわろうかな〜と地図を見ていたとき、俺の目は三陸海岸のある1点にクギ付けになった。小さな半島の根元が、まるでちぎれそうなほどにくびれているではないか。 ![]() そして、そこには「船越」という地名が書き込まれていた。 のみならず、その半島自体の名前が「船越半島」であり、さらにその付け根には「岩手船越」というJRの駅まである。 行かねばな。 (この文章は旅行から1年以上経過してから書いています。記憶があやふやになっていることをご了承ください) |
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岩手船越駅で下りた俺は、まず船越のくびれた地形を高いところから眺めてみたいと思った。 地図を見ると、くびれの西側(船越半島ではなく本州側)に草木山という236mの山がある。ここに登ってみよう。 国道の右手に岩手船越駅がある国道に沿って北へゆるやかな坂を越えると、左手にガソリンスタンドと「道の駅やまだ」がある。その間に山のほうへ向かう道があった。 さっそくそこを進むと道は植林帯に入ってゆくが、まもなく道が消えた。かまわず登ったけど、ほどなくヤブが濃くなってどうにも進めなくなった。アカンな、この道は。 この先でブッシュに閉ざされる再び地図を検討した結果、いさぎよく草木山はあきらめ、船越のくびれの反対側、船越半島の山に登ることにした。くびれのすぐ東にある300mくらいのピークには、麓のオートキャンプ場から道もついてるようだ。 いったん道の駅に戻ってうどんを食ったのち、船越のくびれ地帯へと足を踏み入れた。 入口には道路上に冒頭写真のようなクジラちゃんゲートがある。この陸前山田というところは捕鯨が盛んだったようだ。この看板は、船越を挟んで両側の海からクジラがやって来るみたいで、ちょっとおもしろい。 くびれ地帯は、ちぎれそうといいながらも1300mほどの幅がある。ペッタンコの低地で、「船越家族旅行村」という公園として整備されている。 船越くびれ地帯の公園ここでこの船越の正体が判然とした。これはどう見てもトンボロだ。 トンボロとは「陸繋島」のこと。つまり船越半島はかつて島であったのが、潮流で砂が堆積し、砂州によって本州とつながって半島になったのだ。 このくびれ部分が砂州でできたペッタンコなものである以上、かつてここで行なわれたであろう船越行動(あっちの海からこっちの海へと船を担いで運ぶこと)は、山を越える必要のない比較的ラクなものだったのではないかと思われる。 くびれ地帯を形成する砂州上は、津波などの危険があるのか人家らしきものはほとんど見当たらない。そのかわり「鯨と海の科学館」という博物館がある。あとで寄ってみよう。 高台を走る国道から離れるにしたがって、道はゆっくりと船越くびれの砂州地帯におりてゆく。 左には山田湾が広がる船越のくびれは、北の山田湾と南の船越湾に挟まれている。 いま歩いている道はその山田湾側の堤防に沿ってつけられている。山田湾は狭い湾口から奥深くにこっぽりと丸く入り込んでおり、湖のように波静かな水面にはかきやホタテの養殖いかだが浮かべられている。 山田湾ぞいの砂浜は「浦の浜海水浴場」と呼ばれている。港はない。 浦の浜海水浴場に下りた 砂浜の東から、失敗した草木山あたりを見るとりあえず、さっき目星をつけたオートキャンプ場に向かう。山の中の坂道を10分ほど登ってゆくと受付の小屋みたいなのがあり、管理人さんがいたので、そこでこの先の山まで道があるかどうかを尋ねた。 「たしか上まで続いてだど思うけんど」 「どれくらいかかりますか?」 「30分くらいじゃねえがな。何しに行ぐの?」 「景色を見に・・・船越のくびれてるのが見えますかね?」 「それはどうがな。それであんだ何しでるの」 「旅行中です」 「旅行? それでこごに何しに来たの?」 「船越の風景を見ようと思って」 「あんだ仕事は?」 「はぁ、自営業ですが」 「休みがね?」 「はい。休んで、みちのく一人旅です」 「はぁ・・・そうがね」 「ちょっとここに荷物を置かしてもらっていいですか」 「まぁええけんど」 というようなことで荷物を置かせてもらい、空身でキャンプ場の前の林道を登っていった。 林道の舗装はほどなく消え、15分ほど登ったところの大きなカーブで林道も行きどまった。どうしようかと見回すと、そこから山頂方向へ急傾斜で突き上げている小さな沢筋に送電線が走り、管理用に伐採されて踏み跡らしきものが残っている。 これを登ってみたが、かなりな急斜面で足場も悪く、何度か横の森へ迂回しながら登る。根性あるのみだ。 20分ほど苦闘して、振り返ると海が見えた。これはおそらくさっき浜辺へ下りた山田湾だな。小さい島が浮かんでいる。 ![]() (左)送電線に沿って急斜面を登って振り返ると海が見えた (右)山頂近くまで登って海を見る さらにまっすぐよじ登り、ようやく頂上に着いた。 頂上には電気関連の管理用の建物があり、周囲は背の高い雑草に覆われている。でもまわりの木々が邪魔して景色は見えない。 建物の奥には高い鉄塔があった。建物の屋根か、鉄塔の中段くらいまで登れば、たぶん船越の全貌が見渡せるのではないか。 でもどちらも適当な足がかりがなく、無理に登るには危険が伴う。こんなところで怪我したらやっかいだしなあ。しばらくウロウロしながら考えたが、あきらめるほかなさそうだ。 建物の階段に腰かけてパンを食ったのち、元のルートを下りた。 ![]() (左)頂上に立つ管理用の建物 (右)鉄塔 キャンプ場に戻って預けていた荷物を引き取り、管理人さんに「小さな島が見えただけだった」というと、「それはオランダ島だよ」と言う。江戸時代に、ここに漂流してきたオランダ船に村民が薪や水を供給して助けたのだという。 高いところから船越のくびれを眺める夢を断たれた俺は、やむなく、くびれ部分を横断することに切り替えた。 さっきも書いたけど、船越のくびれ、すなわちトンボロの砂州の幅は南北1.3kmほどだ。 浦の浜海水浴場と堤防を挟んで背中合わせに池がある。入江田沼という名前で、明らかに海跡湖(かいせきこ)だな。つまり船越半島が島だった時代の海の名残だ。 この池の存在は、船越行動をさらに容易にしただろう。 池の周辺は散策路が整備された公園になっている。池には船越半島の沢水が流れ込んでいた。 ![]() (左)山田湾側から見た入江田沼。赤い欄干の橋がかかる (右)赤い橋から逆に山田湾方面を見る 公園を通り過ぎると、くびれ地帯にはススキなどの茂った荒地が広がる。これが本来の砂州の姿なのだろう。 トンボロ砂州の荒地と本州側の山船越半島側のわずかに高さのあるところには寺や民家がある。 うしろはさっき登った山やがて1.3kmを歩くと、反対側(南側)の船越湾側に出た。三陸海岸は何度も津波被害に遭っているためだろう、立派な堤防が築かれている。志摩の船越もそうだったが。 船越湾もまた波は静かだ。そして船越集落と船越漁港は、この湾の船越半島側(東側)にある。 ![]() (左)船越湾の堤防 (右)船越集落と港 堤防の真下は砂浜で、ここは「前須賀海水浴場」と呼ばれているようだ。 山田湾側は「浦の浜」つまり「裏」で、こっちが「前」だ。こっち側にある船越集落から見ての位置づけなのだろう。 船越湾と前須賀海水浴場つまりここでの船越行動は、こういうものだったと考えられる。 南の船越湾からみんなで舟を担ぎ、さっきのススキの原を歩いて、入江田沼でいったん着水する。舟を漕いで沼の北端に到達したら、再び船を担いでわずかな砂丘を越えて、山田湾に出る。 堤防の内側(トンボロ砂州)はゲートボール場などがある小さな公園になっている。 堤防から見た前須賀公園 堤防上から本州側を見る山への2回のトライで大幅に時間をロスしたため、残念ながら「鯨と海の科学館」に寄る時間がなくなってしまった。本数の少ない汽車の時刻が迫っている。 堤防上を急ぎ足で、岩手船越駅へと戻った。 以前訪れた平戸や志摩の船越はくびれ地帯そのものが集落になっていたが、トンボロ砂州の陸中船越には住む人もおらず、公園と荒地のみだった。 船越にもいろいろあるなと感じつつ、俺は三陸のローカル線に揺られてこの地をあとにしたのであった。 (記:2008.11.27) |
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