チープに極楽。生きててよかった!
| 中国地方の名銭湯 【鳥取県】 |
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| れんが湯 (鳥取市) 08.5.26 大社湯 △(倉吉市) 日の出湯 (米子市) 08.6.3 |
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れんが湯
鳥取市内を貫流する袋川のほとり。一見どうということのない四角い建物だが、この銭湯には重大なる秘密がある。 ![]() (左)間口より奥行きがかなり長い「ウナギの寝床」な敷地 (右)れんがは見えないが・・・ ![]() (左)玄関前に鯉の泳ぐ池あり (右)玄関部分にれんがはあるが・・・ 暖簾をくぐると、わりと広めの薄暗い下足室。 脱衣所へ上がると、番台のあるフツーのお風呂屋風景だ。新建材などで改装されていてレトロさはあまりなし。唯一、アルミロッカーと並んで漢数字つき木製脱衣箱が残っていることで歴史が偲ばれる。 ![]() (左)無論こっちを使う (右)シンプルな白壁。浴室入口の壁の幅が妙に分厚いが・・・ 裸になって浴室へ。 こじんまりとした空間がやたらと湯気でかすんでいる。ここも白タイルで改装されていて、特別かわったところはない。が・・・むおっ? ![]() (左)フツーな浴室 (右)ふと目を上にあげると・・・ヌヌッ! むごごごごご・・・こ、こ、これは・・・! ![]() (左)て、天井が・・・ (右)れ、れんがですぅ〜! ![]() (左)窓の上部もアールですぅ〜 (右)湯気抜き穴には草が生えてますぅ〜 ト、トンネルなんですぅ〜!たまげた。いや、じつを言うと、だくさんという銭湯ファンの方からここの話は聞いていたのだが、それでもたまげた。 ようするに建物がれんがでできていて、それがモロにトンネルなのだ、どういうわけか。しかも年季の入った白いツナギ剤がじつに迫力だ。 ともかく湯に浸かろう。奥の壁沿いに深浅の主浴槽、ジェットが勢いよく出ている。 おっ、やや熱めのこのお湯は・・・とろみがあってやわらかいぞ。これは普通の水ではないな。温泉でいうとヌルスベ系というやつではないか。そういや鳥取は市街地に温泉が湧いているが、ここもその系統なのか? 手前には広めの水風呂がある。これがまたキショクええがな、水が! いやー、ここは天井のトンネルもじつにおもしろいが、この湯と水の交互入浴がもうタマラン。無限連鎖に陥って出られへんがな。 カランは配水管がむき出しで豪快だ。シャワーは数が少なく圧も弱いが、俺的にはんなもん問題なし。 上がっておやじさんに聞くと、このれんが建築は、山陰本線の兵庫-鳥取県境のトンネル工事で余ったれんがで造られたものらしい。大正10年のそのトンネル工事がそのままここで再現され、銭湯となった。 本物と同じ材料、同じ寸法で造られたトンネル風呂が、男湯と女湯の2本並んでいる。「山陰線は単線ですけど、うちは複線ですわ」とおやじは言う。 建物の横から奥のほうも見せていただいた。玄関部分から浴室の奥まで、たしかに1本のトンネルだ。脱衣所の白壁も、れんがトンネルの内側を塗ったものだったのだな。 鳥取を襲った二度の大地震にも、このトンネルはびくともしなかったという。 ![]() (左)外壁、れんが積みズドーン (右)蒸気機関車を思わせる配管 水は地下30mから汲み上げている。 「温泉みたいですね、この水は。いろいろ含まれてるんとちゃいます?」と聞くと、「うちは温泉とは名乗ってない。そんなに大したもんやない。鉄分が多いんよ」とおっしゃる。 まあ俺としてはそのへんはどっちでもいい。気持ちよければすべてよし。 この雰囲気とお湯にはけっこうハマる。またぜひ浸かりたい。 (08.5.20) |
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大社湯△
「おばあちゃん、ただいまー」 思わずそう言ってしまいそうになる雰囲気の銭湯だ。 打吹山の麓に残る倉吉の旧市街は、白壁と水路のある静かな雰囲気の城下町だ。近年はしょうゆなど地元の特産品やアートギャラリー風の店もできて、ちょっとした観光地っぽくなっている。 そんな旧市街のやや西寄り、新町バス停の南30メートルあたりに出雲大社の分院があるが、その手前に1軒の激渋銭湯あり。 古い木造建築で、ほとんど民家と区別がつかない。煙突も目立たないし、うっかりしていると通り過ぎてしまいそう。 玄関は道路に面していないすりガラスに、赤い文字で「女湯」「男湯」とじか書き。ガラガラっと引き戸を開けると暖簾をくぐって狭いタタキだが、その床の隅に渋い柄の貴重なタイルが・・・これ、かつてはこのタイルがタタキ全体敷き詰めてあったみたいだぞ。それが長年にわたる下駄や草履や靴の着脱摩擦によって色が剥げ、ついに普通のタタキになったらしい。 タタキの横壁には、これまた渋い柄の見たことのない高級タイルが貼られている。こちらは摩擦もなく美しいままだ。 低い番台に愛想のいいおばちゃんがいる。 狭い脱衣室には木のロッカー。骨とう品のような体重計。殺風景だが、この狭さがどこかなつかしい。 「年季入ってますねー。昭和初期ですか?」と聞くと、 「明治40年です」 とおばちゃんはニッコリ笑う。 ![]() 浴室への戸が小さい。じつに小さい。相撲取りはたぶん入れまい。 浴室の戸それを開けると、白タイル主体のクールな風呂場だが・・・ここも見事に狭い。 黒い石造りの湯舟が一つ。男女共用の水鉢が一つ。立ちシャワーが2つ。 それだけ。つまり、カランが無い。こここれは初めての事態である・・・。 浴槽の周囲が大阪式の段になっているので、そこに腰かけて浴槽の湯を洗面器でかい出して、体を洗う。 浴室内部しかしこの浴室、よく見ると随所にマニアを唸らせる激渋モノが息づいている。 まず目を見張らされるのは、湯舟の底のタイル。玄関タタキの壁にあった高級な柄タイルがびっしりと貼り込まれている。フチの石は、金属のかすがいのようなもので固定されている。 そして壁には、かすれてはいるが筏流しのタイル絵と、ウグイスの立体的なタイル・・・ってこれもしかしてマジョリカタイルか? 和柄の! 他にも、黒いタイルや青い柄タイルがさりげなく壁などを飾っている。昔はさぞやハイカラな風呂だったのだろう。 浴槽の中ではジェット水流が勢いよく噴出している。 奥に副浴槽らしきものがあるが、現在はセメントで蓋をされている。 帰るとき、「また来てね」と言ってくれたおばちゃんの笑顔はあったかだった。 この古いまちなみの中に、明治時代から姿を変えていない銭湯が存在する。なんと嬉しいことだらう。大社湯よ永遠なれ。 (03.8.23) (08.5.19再訪、加筆) 裏側は一部レンガ造り。煙突が小さい |
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日の出湯
境線の後藤駅からなら1kmちょいだが、米子駅からだと北西へ2km以上離れている。寺町を抜け、糺神社の近くの十字路に古い銭湯あり。 扇子に模したセンスのいい看板が玄関の軒先でひときわ目立っている。 粋な看板雨が降っているためか、暖簾は戸の内側にかかっている。それをくぐるとタタキに番台があり、やさしげなおかみさんが座っている。 こじんまりとした脱衣所の壁や天井は新建材で改装されていて、脱衣箱もアルミ製。でも床は板張りで、素足に木のぬくもりがなんとも心地よい。 裸になって浴室へ入る。奥に長細いウナギの寝床型だが・・・おっとぉ出ました石の湯舟に石畳! と思ったら・・・な、ナヌー !? 床は確かに御影石、だが西日本の銭湯で通常よく見る大判サイズの石板ではなく、12〜13cm角にカットされた御影石ブロックがびっしりと敷き詰められているではないか。これははじめて見た。よく似たのは和歌山県那智勝浦のゆりの山温泉で見たが・・・。 しかも薄っぺらいチンケなものではなく、踏んだ感じはどっしりと重厚だ。その上をハダシでペタペタ、うほっ。贅沢ぅ〜。 古びた石の湯舟は深いのが一つだけだが、どっしり分厚くてツルツルだ。奥からジェット3連が元気に噴出中。 湯舟の周囲には大阪式の段らしきものがあるが、これが異常に低い。3cmないんちゃう? お湯はとてもやわらかい。旅の疲れを溶かしてくれるねぇ。 壁のペンキは剥げているところもあってややくたびれ気味だが、正面壁の一部に掘り込みがあり、そこに飾られた花が青い光で照らされていて、浴室全体に不思議なムードを醸し出している。 壁の両側に給水管がムキダシで走り、カランの出は快調。シャワーもついているが、湯温・圧力ともに弱め。ま、古いところにはよくあることよ気にするな。 水は鉄分を多く含んでいるのか、石材やタイルの目地が茶色くなっている。 桶は白ケロリン大阪型、鳥取県公衆浴場組合のネーム入り。 上がると、浴室入口の横に飲料水タンクとコップが置かれてあるのがうれしい。 おかみさんによると、「昭和34年におじいさんがここへ移って来た」らしいが、建物自体は「たぶん昭和初年か大正からある」とのこと。湯舟は当初からのままだが、御影石ブロックの床はおじいさんが来てから張り替えたものだそうだ。 お湯は地下水でやはり鉄分が多く、「磨いてもすぐに茶色くなる」とのこと。 1991年に出版された『銭湯浪漫』という本で紹介されており、その記事が脱衣所に貼られている。 しかし、やっぱり石造りの浴室はエエなぁ。 (08.5.19) |
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